アレキサンドライト(Alexandrite)

帝政ロシア時代のウラル山系タコバヤ川流域の花崗岩地帯から、深緑色に異様に光る原石を掘り当てた鉱夫は、「もしやエメラルドでは?」と胸を弾ませて加工場に持ち帰り、改めてロウソク灯で照らして見直すと、グリーン系だった筈の石が、何と赤色石に“変身”していたのです。これは神がかりか、はたまた天が何かを知らせる超常現象かなどと真剣に考えたそうです。石はノボシビルスク(西シベリア)の王立科学アカデミーに持ち込まれて、「クリソベリルの一種」と判定しますが、変色のマジック解明は、当時の科学水準を越えていました。謎に包まれた神秘的なその石は、時の皇帝ニコライ一世に献上されることになります。石と皇帝が出会ったその日1830年4月29日は、たまたま長男アレクサンドル・ニコライエビッチ皇太子12歳の成年式典日だったことから、皇太子(後の皇帝アレクサンドル2世)の名が宝石名になりました。

ジェムストーン物語 アレキサンドライト ルース

アレキサンドライトダイヤモンドリング 商品番号378

PT900 A-2.01ct D-2.37ct

アレキサンドライトダイヤモンドリング 商品番号4721

PT900 A-1.28ct D-0.52ct

アレキサンドライトのジェムメッセージ

アレキサンドライトはクリソベリルの変種鉱物です。変種とは文字通り変り種(かわりだね)、地色が蜂蜜色(ハニーカラー)のクリソベリルの突然変異的な変り種なのです。変異の主因は、クリソベリル結晶の成長途上で紛れ込んだ「クロム元素」。あのルビーの「レッド」やエメラルドの「グリーン」の“主役”になっているクロムが、ここでも主役を演じます。それも一人二役の名人芸。つまり、光源によって色を二通りに出し分けるという離れ技をやってのける。さて、その仕掛けは―――クリソベリル結晶内に紛れ込んだクロム元素は、注ぎ込む光のうち“黄橙”系の波長(色)を「吸収」し、そして“青緑”系及び“赤紫”系の波長(色)を「反射」するような光学構造に変質させてしまう。光源が自然(太陽)光或は蛍光灯のときは青緑色だけを反射し、人工白熱光のときは赤紫色だけを反射する。この絶妙な光学作用は、クロム含有率が高ければ高いほど(最高品質のロシア産は0.5%)よりクリアに現れます。――変色の鮮やかさが際立つこの宝石は、堂々「5台宝石」の一角を占めますが、色そのものの鮮やかさはエメラルドの緑、ルビーの赤には及びません。並の宝石であれば“ではここで人工的に色の改善を!”――となるのが通例ですが、ことアレキサンドライトに関してはそれがありません。人工処理(加熱・樹脂含浸・放射線照射等)を施せば、この宝石のいのち「変色性」を失うからです。アレキサンドライトのもう一つの希少性は、実に変色性の裏側に隠された「無処理宝石特性」(=処理による素材劣化のないナチュラルな美しさ)に支えられているのです。

アレキサンドライトダイヤモンドリング 商品番号7096
PT900 A-0.19ct

アレキサンドライトダイヤモンドネックレス 商品番号205
PT900 A-1.38ct D-1.27ct

アレキサンドライトのマザーランド(代表的産地)

変色鉱物アレキサンドライトの処女地ロシア・ウラルの鉱山は、発見から数十年で枯渇、入れ替りにブラジル・ミナスジェライス州エマチータ鉱山等が良質のアレキサンドライトを算出して宝石界を色めき立たせたのも束の間、僅か十数年で掘り尽されました。また宝石定番国スリランカ、マダガスカルでも産出しましたが、同じく鉱脈は枯渇。今日、現役稼働しているアレキサンドライト鉱山は、唯一東アフリカのタンザニアです。キリマンジャロ火山の麓マ二アラManyara湖の周辺に広がる漂砂鉱床から上質のアレキサンドライトが採掘されています。鉱山の位置するマニアラ湖自然国立公園へのルートは、インド洋に面したタンザニア首都ダル・エス・サラームのジュリウス・ニエレレ国際空港から国内線(又はタンザン鉄道)で内陸へ西北500余キロのアリューシャへ。そこから陸路で更に西南へ約300キロ、未舗装の難路を走ってようやくマニアラ鉱山着。同地新産アレキサンドライトの大粒石市場相場は、今なおカラット単価3,000ドルは下りません。そして最新の鉱山は、南の隣国モザンビークとの国境付近トゥンドゥル川漂砂鉱床。「見果てぬアレキの夢」がつながる場所です。

歴史の中のアレキサンドライト

宝石名[アレキサンドライト]の由来は、冒頭で述べた通り、ロシア領内で発見されて皇帝ニコライ一世に献上された日が、皇太子アレクサンドル(後の皇帝アレクサンドル二世)の成年式とぴたり重なった、というのが定説です。一方、こんな「異説」があります。光源によって入れ替る緑と赤、奇しくもそれは、無敵を誇ったあのナポレオン軍を北方戦線で敗走させたロシア陸軍の軍服の上下2色――緑の上着に赤のズボン――でもありました。ロシア軍のモスクワ焦土作戦に自然(大寒波の冬将軍)が味方して、大金星を挙げた(1812年)ロシア陸軍の総司令官は、緑赤の軍服を正装するアレクサンドル一世皇帝。この英雄こそニコライ帝の実の兄に他なりません。大敵ナポレオン軍を破って、「ヨーロッパの救世主」とまで称されたアレクサンドル一世は、自身の悲願でもあった「神の加護による全欧神聖同盟」樹立に奔走しますが、志半ばで熱病を発症し、1825年、48歳の若さで急死します。―――ナポレオン軍に勝利した「ロソア戦役」から凱旋した時の兄アレクサンドル帝の緑と赤の軍服姿が目に焼き付いているニコライ帝は、兄急死の5年後(1830年)、領内で採掘された“緑と赤の変色鉱物”と対面した瞬間、「兄アレクサンドルの生まれ変わり」と直感。兄の名をそのままもらって、この石を「アレキサンドライト」と名付けよう、と側近に告げます。ところが、先帝の「神聖同盟」思想を忌み嫌っていた宮廷保守派は、宮廷備忘録に平然と“希少鉱物献上さる。折しも皇太子アレクサンドル・ニコライエビッチ成年式典日に因んでアレキサンドライトと命名”と記したのです。―――命名由来の“すり替え”の真相は、今日まで闇に葬られたまま・・・・・だとさ。

アレキサンドライトのトリビアから

●自然光か人工光かの光源の違いによって変色する宝石、その厄介な難題は、実は写真による「変色」の再現です。宝石の写真撮影に必須の照明装置は、概ね人工光であって自然光ではありませんから、アレキサンドライトの「緑」の写真表現は、本来不可能です。宝石図鑑等での緑は残念ながら印刷上の加工色です。

●20世紀中に“開発”された「合成アレキサンドライト」が多様なのも、この宝石の超稀少価値の裏返し。超稀少であればこそ企業家は技を極め、そのコストを回収できるからです。彼らは天然石の不完全性(内包物)をも取り込み、人の力で「天然」に並びました。天然・合成の識別は旧鑑定機材だけでは不可能となり、今や、供給者たる宝石商の「見識」が、需要者の最後の砦となっています。

アレキサンドライト履歴書

和名

アレクサンドル石

組成

ベリリウムとアルミニウムの酸化鉱物 BeAl2O4

硬度

8.5

比重

4.73

屈折率

1.746

結晶

斜方晶系

結婚石

45年記念石

誕生石

10月(イタリアのみ)