この 「知的ジェムストーン物語」 では、宝石のナチュラルな美しさを個々の石ごとに優しく語ります。
貴女が今までお持ちになられている宝石の知識に新たな発見が 数多くあると思います。
美しい宝石の真実の姿を 「知る面白さ」 、 「学ぶ楽しさ」 を改めて体感して頂ければ 幸いです。
宝石選びの入り口は「色」です。
---その観点から、本シリーズは「赤色」から始まり、「黄」、「緑」、「青」を経て「ピンク」に至る
「色相順」編集としました。
従って本シリーズの場合、無色透明のダイヤモンドは、最初でなくトリとなります。
少々難しい部分もあると思いますが、そこを乗り越えて読み切っていただいた 「ハナジマ宝石ファン」の
読者様には、”このシリーズに出会って宝石の価値観が変った”と必ずや ご評価いただけると
社員一同確信しております。
全50回(予定)の 「知的ジェムストーン物語」、どうぞお楽しみ下さい。
グリーンジェムの世界に君臨するエメラルド――目に沁み入るそのグリーンカラーは、ただ自然光の下で美しいだけではありません。静謐な夜の薄明かりの中でこそ、息を呑む不思議な美しさを発揮してくれます。宝石の色とは本来「光」が演じてくれるものなのに、エメラルドのグリーンは、それ自身が光源であるかのような、心地よい”美的錯覚”を起こさせます。
様々な岩石の変遷と共に成長したエメラルド結晶は、生まれながらにして液体・気体を数多く石の中に宿します。このことをとても詩的に「石の中に庭(ジャルダン)がある」、と表現したフランス人科学者がいました。太古の液体や気泡を閉じ込めたエメラルドを、奥深く顕微鏡でじっくり眺めていると、遥か億年前の地球の歴史が見えて来るようです。
ベリリウムを主成分とするアルミニウム珪酸塩
鉱物の総称「ベリル」――そのベリルグループを
率いるのがエメラルドです(本講座では「レッドベリル」に
次ぐ2番目のベリル宝石)。
グループの王座というよりも全カラーストーンの王座を赤のルビーと競い合うほどの、まさに別格の緑の宝石です。
エメラルドの結晶誕生までには、実に波乱の連続です。
――ベリリウム系鉱物は、通常花崗岩起源のペグマタイトには産出しにくいのに岩石に含まれる熱水が作用してベリリウムの成分濃度が凝縮され、時には巨大なベリル結晶さえ産み出されます。
次に、エメラルド・グリーンの色原因であるクロム元素も、理論的にはベリル鉱物内には混入しない筈なのに、現実にクロムはベリル内に入り込んで、こうしてエメラルドはしっかり存在しています。
この”謎”を解いてくれるのは、大規模な地殻変動という物理的な理屈です。
つまり、ベリリウムを含んだ熱水鉱脈が、大規模な大陸プレート移動のエネルギーで、石灰岩質の塩基性岩盤に”貫入”し、熱水脈を通じて運ばれたクロム分とベリルが出会い、こうして鉱脈の空隙部分にエメラルドとして結晶する訳です。
大陸の衝突によって出来たエメラルドの主産地、南米コロンビアやブラジルの山岳地帯(アンデス山系)は、かつて海の底だった証拠に炭素分に富む頁岩や石灰岩でした。
その”衝突”は、クロムという嬉しい贈り物をもたらしますが、それは同時に結晶に亀裂や三相インクルージョン(固体・液体・気体内包物)等の有難くないオミヤゲ付きでした。
エメラルドにとっては宿命的な「キズ」と称するものです。
そのキズを人々は忌み嫌って、オイルや樹脂の含浸でひたすら隠そうとして来たのが今日までのエメラルドビジネスです。
しかし翻って、それを「キズ」と呼ばず、個々のエメラルドが持つ「美しい個性」と捉え直しては如何なものでしょうか。
よほど深いヒビ割れや、美しさを損なうほどの大きな内包物は別として、耐久性に問題ない限りは、敢えて石の中にその「個性」を温存してそれを味わい愛でるのが、これからのエメラルドの楽しみ方です。
数億年前の地球の壮大な出来事を目の当たりにできるのは、エメラルドならではのものです。
世界最古のエメラルド鉱山は、紀元前20世紀 今から4000年前 古代エジプト時代のエジプト・
ルクソールに作られた「クレオパトラ・エメラルド鉱山」。
ファラオの栄華を偲ぶ古代遺跡群が居並ぶルクソールの東南東100km、紅海沿岸の山間部です。
20キロ四方に数箇所の鉱区があり、実に中世13世紀頃までの3000年間余
大規模商業採掘が行われていました。
――以後、バクトリア地方(BC3世紀、現アフガニスタン付近)
そして今日の最大産地・南米コロンビア(10世紀) ブラジル、オーストリア(18世紀)、20世紀に入ってアフリカ諸国ザンビア、ジンバブエ、タンザニア、マダガスカルと続きます。
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上述の通り、エメラルドは広く世界各地で掘られ続けて来た歴史がありますが、特上のエメラルドはコロンビア・ムゾー産が突出します。
このコロンビア産宝石が世界史の重要局面に度々登場し、君主たちの征服欲に一役買って来たのも、ひとえにムゾーエメラルドの美的資産価値の威力に他なりません。
コロンビアのチボール地方とその北方ムゾー地方で、先住民族インディオのムゾー族がエメラルド鉱脈を発見し、採掘を初めたのは10世紀。
その6世紀後の1537年、当時の覇権国スペインが黄金郷(エルドラド)を求めて南米大陸に上陸。
その時の思わぬ発見がムゾー族のこのエメラルド
鉱山でした。大国スペインはムゾー族との熾烈なゲリラ戦を制し、執念で鉱山を強奪します。
――エメラルド交易による富を手にしたスペイン(フェリペ2世の治世)は、覇者としてアメリカ大陸発見等の植民地政策で繁栄を謳歌しますが、やがて王権は衰退し、東の脅威オスマントルコ帝国のスルタンや、更に東のムガール帝国のマハラジャたちに、貴重なエメラルドの逸品の大半を差し出すことになります。
スペイン植民地から独立したコロンビアでは、その後もエメラルド採掘は続きます。
同国政府は20世紀初頭エメラルド鉱山事業の国有化を進め、1946年には国立の中央銀行管理となりますが、汚職多発状況下の国営事業は赤字続きで、1980年”コロンビアエメラルドの父”と慕われたヴィクトール・カランサの手によって民営化されました。
しかし、相変わらずマフィアやテロ組織が暗躍するコロンビアでの鉱山事業は安定せず、徐々にその指導権は同国最大のマフィア「メデジンカルテル」の手中に移って行きます。
その後同地エメラルド界には平和が訪れますが、その詳細は後続「トリビア」欄をご参照下さい。
■(前段より続き)マフィア組織メデジンカルテルのナンバー2ロドリゲス・ガチャのエメラルドビジネス参入の動機は、”ダーティーな麻薬取引よりスマートなエメラルドを”というものでした。参入を宣言したガチャのやり口は、ムゾー近隣のコスケス鉱山主の暗殺に始まり、先述のカランサの部下・家族の皆殺し殺戮(カランサ本人は避難)、他鉱山の無差別爆破等々、双方の死者3,000人を越える、まさに戦争さながらの惨劇でした(ハリソンフォード主演の
映画「今そこにある危機」でも、その時の状況が生々しく描かれて
います)。
――たまりかねた政府・麻薬取締り特殊部隊が銃撃戦の末、首謀者ガチャを射殺、マフィアのドンのエスコパルを逮捕し、1990年7月ようやくコロンビアに平和の日々が訪れました。
思えば、スペインの上陸・略奪以来4世紀に亘る
“血塗られたコロンビア・エメラルドの歴史”に終止符が打たれたのです。
■同じ宝石でも産地・鉱山ごとに固有の持ち味があるのが宝石の魅力です。
その産地特性に際立った地域差を見せるのがエメラルドです。
まずそのグリーンの色み、色の濃淡・透明性、結晶の形(なり)から来るカットの理想形内包物等の要素はエメラルドの美しさを語る上で欠かせないものです。
以下の表をご参照下さい。
| 産地国・鉱山 | 色み・特徴 | 難点 | 最適カット形状 | 代表的インクル-ジョン |
| コロンビア・ムゾー | 黄色みの緑 柔かい表情 |
表層に色溜り | 6方柱状結晶 →エメラルドカット |
三相インクルージョン |
| 同コスケス | 黄色みの緑 | 透明性欠きキズ多い | 同上 | 同上 |
| 同チボール | 青みがかった強い緑 | 色の柔らかさ少ない | 同上 | 同上 |
| ブラジル | 青みの強い緑 | 青が緑の深さを損なう | 丸みを帯びた結晶 →オーバルカット |
黒雲母インクルージョン |
| ザンビア | 青みの強い緑 色ムラなく均質 |
冷たい表情 | 丸みを帯びた結晶 →オーバルカット |
黒雲母インクルージョン |
| ジンバブエ・サンダワナ | 黄色みの緑 柔かい表情 |
上質の大粒石少ない | スクエア、ラウンドカット | トレモライトインクルージョン |
「フッカー・エメラルド(ブローチ)」(コロンビア・ムゾー産 75Ct)
スミソニアン自然史博物館(ワシントンDC, 米国)
「ムガール・エメラルド」(コロンビア・ムゾー産 218Ct)
Allan Caplan Collection(所在地不明・一般非公開)
「エメラルド原石」(コロンビア・コスケス産 100Ct)
スミソニアン自然史博物館(ワシントンDC, 米国)
「パトリシア・エメラルド」(コロンビア・チボール産 632Ct原石)
アメリカ自然史博物館(ニューヨーク, 米国)
「エメラルド原石」(コロンビア・ガチャラ地区ベガ・デ・サンファン産 858Ct)
スミソニアン自然史博物館(ワシントンDC, 米国)
「インクィジション(宗教裁判)ネックレス」(エメラルドとダイヤモンド)
スミソニアン自然史博物館(ワシントンDC, 米国)
「エジプト産エメラルドのネックレス」(エジプト・クレオパトラ鉱山産)
大英博物館(ロンドン, 英国)
「エメラルド・ルース」(オーストリア・アルプス山系ハーバッハタール産 10Ct)
ウィーン自然史博物館(ウィーン,オーストリア)
「コロンビア・ムイスカ族の副葬品(エメラルド)」(コロンビア産原石)
スミソニアン自然史博物館(ワシントンDC,米国)
「スペイン統治前コロンビアの副葬品(エメラルド)」(コロンビア産原石)
ボゴダ黄金博物館(ボゴダ,コロンビア)
「エメラルドの短剣」(コロンビア産)
トプカプ宮殿(イスタンブール,トルコ)
「エメラルドの小物ケース」(コロンビア産)
トプカプ宮殿(イスタンブール,トルコ)
「金と宝石の地球儀」(エメラルドはコロンビア産)
イラン銀行宝石展示室(テヘラン,イラン)
「エメラルドとダイヤモンドの小物ケース」(エメラルドはコロンビア産)
イラン銀行宝石展示室(テヘラン,イラン)
「エメラルドを運ぶムーア人(オブジェ)」(エメラルド原石はコロンビア産)
グリーンヴォルト(ドレスデン,ドイツ)
「エメラルドの薬入れ」(コロンビア・ムゾー産 2,680Ct)
文化歴史博物館(ウィーン,オーストリア)
「エメラルドのパリュール(セットもの)」(コロンビア産)
フォルツハイム宝飾美術館(フォルツハイム,ドイツ)
「エメラルドの王冠」(産地不明)
ウェルテンベルグ美術館(シュトゥットガルト,ドイツ)
「エメラルドのパリュール」(ネックレス・イヤリング・ブローチ)
ローゼンボー宮殿(コペンハーゲン,デンマーク)
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| 1.ルビー | 2.スタールビー | 3.パイロープガーネット | 4.アルマンディン/ロードライトガーネット |
| 5.レッドスピネル/ピンクスピネル | 6.レッドベリル | 7.アンデシン/サンストーン |
8.珊瑚 |
| 9.パパラチャサファイア | 10.ファイアオパール | 11.スペサルティンガーネット |
| 12.クリソベリルキャッツアイ | 13.インペリアルトパーズ | 14.シトリン | 15.琥珀 |
| 16.イエロージルコン | 17.エメラルド |
| (total 50 Gemstones) |
ルビーの赤色は石ごとに微妙に異なる色合いがあり、それぞれに美しい表情があります。
深みのあるビビッドな赤は莟(つぼみ)紅梅(こうばい)色、紫がかったビロードのような赤は紅絹(もみ)色、日没直前」の空を赤紫に染める茜(あかね)色、マゼンタに近い鮮やかな赤は洋紅(ようこう)色(しょく)。
限りなくピンクに近い透明な赤は梅(うめ)重(がさね)色・・・・。
また、赤と云えば口紅のキーカラー、その口紅の赤色選びにも感性鋭い女性たちは色の達人。
その日の装い、心持ち、そしてご自身のテイストと美意識でチョイスして下さい。

宝石の王はダイヤモンド、ならば宝石の"女王"、それは申すまでもなく「ルビー」です。
本来、無色透明なコランダムという鉱物に、金属元素クロムが微量に混入して、真紅のルビーが誕生します。
どこまでも美しく鮮やかな赤です。それはクロムという元素が赤いからか、というと決してそうではありません。
では「ルビーは何故赤いのか」――少々むずかしい話ですが、シリーズの初回に当って、その「何故」を学びましょう。
貴方自身の宝石の色に対する理解が一層深まります。
つまりこういうことです――
クロム元素が偶然取り込まれて微妙に変化したコランダム結晶に白色光が入射する ⇒ あらゆる色の波長を内在した白色光は、この場合に限り赤系波長だけが結晶内に「吸収」され、他色の波長は結晶外に「透過」する⇒結果的に結晶が赤系に着色する ⇒ 鑑賞者がその赤を感知する。
だからルビーの「赤」は、鉱物本来の色ではなく、異元素クロムを取り込んで微妙に変化した結晶の色だったのです。試しに(大胆にも)、真っ赤なルビーを粉末にしてその結晶状態を破壊すると、何とコランダム本来の色(無色)に戻ってしまうのです(実際は破壊痕のため白色粉末ですが)。
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ところで、ジェムクィーンのルビーの中でも最高に格付けされるのは、ミャンマー(旧ビルマ)モゴク産の石と云われます。スリランカ、タイ、マダガスカル、タンザニア、ベトナム等々、産地としてメジャーな国が居並ぶ中で、ミャンマー産ルビーの価値が突出する理由は、その美しさとクオリティです。
”ピジョンブラッド(鳩の血)”の呼び名は、真紅で透明、しかもナチュラルなモゴク・ルビーにこそ与えられたものです。
そして上述したように、そのナチュラルレッドも様々な赤なのです。また、ナチュラルルビーは特有の赤紫色蛍光性を有するので、自然(太陽)光の紫外線(又は室内紫外線ライト)で赤紫の優しい蛍光を発します。
非加熱ルビーの必須チェックポイントです。

ルビーは「宝石の女王」と前述しましたが、近世後期になってダイヤモンドがカット(ブリリアントカット)技術開発により王座に君臨する前までは、実にこのルビーが紛れもない宝石の王座にありました。
歴史的な様々な文献、例えば「聖書」や古代ローマ「プリニウス博物誌」等に登場する宝石の最高位は常にルビーでした。
宝石界は圧倒的なルビーの天下だったのです。
・ルビー : 800スクード ・ダイヤモンド : 100スクード ・エメラルド : 400 スクード ・サファイア : 10スクード

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歴史上稀代の宝石コレクターで知られるロシアの女帝エカテリーナII世(1762年即位)に、忠誠の証しとしてスウェーデン王グスタフ・アドルフが贈ったのは極上のルビー。
その美しさが後の両国間に平和を約束したということです。
また、歴史に残るルビーとしては、「ミスター・ルビー」と謂われ英国の名門宝石商にしてミャンマー・モゴク鉱山(上述)開発の父でもあるエドウィン・ストリーターが、1875年自ら採掘してロンドンに持ち帰った非加熱「マンダレールビー」があります。
”至上の赤”と称賛されて特大48.02Ctクッションカットに研磨され、18ピースのダイヤモンドで取り巻く超豪華なブローチになりました(指輪では重過ぎます?)。
後にサザビーズ・オークションで米国大手宝石商に買われ(1988年)、現在はあるセレブの家宝となっています。
実在の宝石店Fred自慢のルビーのネックレスが、そこで重要な脇役を演じます。
街の娼婦から気品に満ちたレディーに見事な変貌を遂げた彼女を表現するには、そのルビーが最も相応しい小道具だったのです。
・「モゴク産ルビーの結晶とルース」(各196.1Ct,15.97Ct)−スミソニアン自然史博物館(Washington, USA)
・「ルビーの王冠」(キャスパリー・リーレンダー作)−レジデンツ博物館(Munchen, Germany)
・「ジョン・ラスキン寄贈のルビー」 163.7ct−大英博物館(London, UK)

鉱物名 コランダムCorundam
和名 紅玉 (こうぎょく)
組成 酸化アルミニウムAl2O3
+ 遷移元素クロムCr
硬度 9 比重 4.00
屈折率 1.762〜1.770(複0.008)
結婚 40年記念石 誕生石 7月
曜日石 火曜 占星石 7/23-8/22
国の石 タイ ミャンマー
その他 「午後5時の宝石」
ルビーは見るも鮮やかな紅(くれない)色で色石の世界に君臨します。そのルビーの中に時折り宿す六方スターは、しかし、とても秘めやかで可憐な6条のシルキーライン。
ジュエリーとして身に付ける貴方にだけ、とっておきの美しさを演じて見せます。
粋な宝石スタールビーが、特に通(つう)好みの人々に愛される理由です。

宝石の女王ルビーに、今一つ華を添えるのがスタールビーです。
本来宝石の美しさは、その色みとキズのない透明性と云われますが、時としてその例外が出現します。石内部の内包物や結晶構造が、図らずも演出する様々な美的光学効果です。
そしてルビー特有の内包物(シルクインクルージョン)が織り成すスタールビーこそ、その代表格であり、ルビーの更なる魅力に他なりません。
そのシルク状の内包物が、「三方晶系」鉱物コランダムの3本の結晶軸に沿って石内晶出した時にのみ、6本のスターが誕生します(多くの場合シルク内包物は極めて不規則)。
一般にファセットカットされることの多いルビーが、この時だけ半球形にカボション研磨されるのは、石の奥に潜む”六方星”をそのレンズ効果によって正面に引き出すためです。
余談ですが、六方星がダブルで出て来る”ツインスター”ルビーの超変り種(双晶結晶のルビー)も、現実にあり得るのです。
内包物ルチルが演出するスター効果(アステリズム)は、しかし、ルビーに於いてはとてもデリケートなものです。同じ仲間のスターサファイアとは事情が違って、スターの出方が強ければ強いほど透明度は損なわれ色も鮮やかさを欠き、逆に鮮やかさと透明度を優先すればスターは弱くなる・・・。
含有するルチルの量が左右する、その悩ましい判断の見極めが、まさにスタールビー選びのポイントになります。
――良質のスタールビーは、ペンライトでそっと光を当て、眼の前に映し出される「スター」をひとり密かに愛でて下さい。
凛としたその細く控えめな美しさこそが、スタールビーの”プライベート”な楽しみ方といえます。

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「シルクインクルージョンは、どこまでも赤色を妨げる厄介者」と考えていたルビーの研磨師たちは、一体いつ頃この宝石をカボションカットしたその中に、輝く”星”を発見したのでしょう?
ルビーのような透明石はファセットカットして、反射や屈折が演出する光のモザイク効果等を楽しませ、一方不透明石はカボション(半球形)にカットして、石の色合いや質感を表現します。
そのカボション技法を透明石ルビー研磨に用いた時、よもや石自体が「レンズ効果」(上述)を発揮して星を映し出すとは誰も気付きませんでした。
ルビーやサファイアが商業的に研磨され始めたのは、ファセット研磨法が確立した15世紀後半(ルネサンス期)頃ですが、カボションルビーに6条スターを発見したのは、実に20世紀に入ってからです。
熱心なインドの研磨師がその”第一発見者”という訳で、「インド・スタールビー」がこの宝石のデビュー名となりました。

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宝石名「スタールビーStar Ruby」とは、云うまでもなく英語圏諸国及び我が日本での呼称です。
ではジュエリー先進国のヨーロッパ諸国では何と呼ばれているかご存知でしょうか?
主要国の呼称は以下の通りです
フランス Rubis Etoile リュビ・エトワール
イタリア Rubino Asteria ルビーノ・アステリア
ドイツ Stern Rubin シュテルン・ルビン
スペイン Rubi Asteria ルビ・アステリア
最良質ルビーの産地・地元ミャンマー Pa Ta Mya Gaw Kyo パタメァ ゴウキョウ
(協力 ミャンマー大使館)

鉱物名 コランダムCorundam
和名 紅玉 (こうぎょく)
組成 酸化アルミニウムAl2O3
+ 遷移元素クロムCr
硬度 9 比重 4.00
屈折率 1.762〜1.770(複0.008)
結婚 40年記念石 誕生石 7月
曜日石 火曜 占星石 7/23-8/22
国の石 タイ ミャンマー
その他 「午後5時の宝石」
ヨーロッパの近代史の中で人々に愛された特別な宝石、それがパイロープガーネットです。
長い間中央ヨーロッパに君臨したハプスブルグ帝国、その繁栄の基礎の一つが領土内にあった
チェコ・ボヘミア地方に眠る豊富な地下資源 ― その中で一番”美しい資源”が、他ならぬ
パイロープガーネットだったのです。
王室間で親交の深かった英国ヴィクトリア王朝のもとにも、この美しき資源が海を渡り、たちまちロンドンの宝石店にガーネット・ブームをもたらします。
歴史的な「ヴィクトリアンスタイル」の原型はこうして創られました。
この深紅の宝石のむこうに、遠い王朝歴史ロマンの夢を馳せて見てください。

赤色系を中心にとりどりのカラーバリエーションを
誇る「ガーネット・ファミリー」その一族のスタンダード・ジェムに位置するのがパイロープガーネットです。ギリシャ語で「燃える眼」を意味するpyropeから由来するように、メラメラと燃える炎のような紅色の宝石です。
パイロープを筆頭にガーネット・ジェムズの最大の自慢は、何といってもナチュラルのままで美しいこと。人の手(加熱・含浸処理等)で得られた美しさでなく、まさに大地が為した美の贈り物なのです。
生まれが天然、且つ美しさも天然の宝石を「ナチュラル・ナチュラル」(N・N)と呼びますが、極めて少数派のN・N宝石にあって、ガーネット族はその代表格と云えます。
参考までに、生まれが天然でも美しさが人的処理によるものは「ナチュラル・トリーテッド」(N・T)にランクされ、大半のカラード・ストーンがそこに属します。
7色のバリエーションを演出するガーネット・ファミリーを理解するには、その鉱物組成から学ぶ事が重要です。
それは第4話の赤色ガーネット『アルマンディンガーネット』の稿で判り易く述べるとして、そのアルマンディンとの赤色比較はかなり微妙です。
理論的には、ピンクに近い赤がパイロープ、紫に近い赤がアルマンディン、となりますが、実際はなかなか理論通りには行きません。
明らかな違いは、純粋なアルマンディンが紫色であるのに対し、ピュアなパイロープは無色透明なのです。パイロープガーネットの赤色は、意外にもルビーの場合と同じく、あのクロム元素混入による反射光のマジックに他なりません。
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冒頭で述べたように、パイロープガーネットの初の商業的産地は、ハプスブルグ家統治下のボヘミア王国・トレプニッツ(現在チェコ)です。
当時の盛況は今に語り継がれる大変な活況ぶりでした(下段参照)。その後ボヘミアンガーネットは掘り尽くされますが、失業した同産業労働力を引き継ぐかたちで、赤い”ボヘミアングラス”でお馴染みのガラス工芸産業が、皮肉にもそれ以上の規模で育っています。
今日、パイロープガーネットの産地は世界中に分布します。
ボヘミア産に取って代った南アフリカ産や米国のアリゾナ産パイロープは、同ジェムの歴史的な人気を受け継ぎ好評を博します。
各々”ケープ・ルビー”、”アリゾナ・ルビー”と、あまり褒められない商業名(フォールスネーム)が定着しているのはいただけませんが・・・。

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パイロープガーネットの歴史は古く、紀元前3000年代の古代メソポタミアやエジプトからヘレニズム初期あたりまでは、宝飾用・実用共に盛んに用いられました(後述の『ノアの方舟』参照)。
後に一旦廃れますが、19世紀チェコのボヘミア地方に大型の鉱脈が発見されて、ガーネット人気が見事に復活します。
ボヘミア地方は、プラハの北西50`、ドイツ国境に近い、欧州有数の資源地帯です。
当時は採掘工400人、研磨職人3,300人、貴金属職人500人そして宝石商3,500人、更にその家族を加えれば2〜3万人を擁する一大宝飾産業だったのです。冒頭で述べたように、それは、当時欧州宝飾界をリードしていた英国市場を常顧客に獲得できたからです。
あの産業革命を先導した英国の一般市民が自由に使える金を手にして、宝飾品の日常使いに目覚めます。
高価なルビーは諦めても、美しさでは決して負けてないガーネットジュエリーが、彼女らに支持されたのは時代の必然でした。

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■旧約聖書にも記(しる)されるユダヤの伝説『ノアの方舟』、その船の灯火(漁り火)がパイロープガーネットであったことは、有名な話です。
紀元前3000年頃、全大地を覆いつくす大洪水を預言した神は、ノアに命じて生きる価値のある種だけを収容する大きな船を作らせます。
人、動物、植物から代表を選び出しますが、さしずめ鉱物の代表は深紅に輝くガーネットだったのでしょうか。
選ばれなかった爬虫類の恐竜はそのとき完全に絶滅した、という説もあります。
果たして大洪水は起き、方舟はトルコのアララト山(標高5,165m)に漂着したところで水が引きます。
人類史の再出発です。
多くの考古学者や聖書学者がその船跡を調査したところ、何とその「舟」の容積は箱型4万立方メートルにも及び、それはあのタイタニック号にも匹敵するとのことです。
■天体宇宙に「ガーネット・スター」という星があり、ケフェウス座μ星、正式学名はμCepheiと云います。もともとこの星は「エラキス」と呼ばれていましたが、あまりにも赤く光るので、天文学者ウィリアム・ハーシェルが「ガーネットスターThe Garnet Star」と再命名しました。大きさは太陽の1,420倍、光度は実に35万倍で、とてつもなく大きくそして明るい星です。
わが地球との距離は3500光年(光が3500年かかって届く距離)なので、双眼鏡で十分観測できます。
カシオペア座の夫、アンドロメダ座の父であるケフェウス座のなかに、赤いガーネットスターを探してみて下さい。
探し当てた時あなたは3,500年前の世界にタイムスリップするのです!
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・「ヴィクトリアン初期のガーネットのジュエリー」 穐葉アンティークジュウリー美術館(那須高原、栃木)
・「パイロープガーネットの結晶」(櫻井コレクション) 国立科学博物館(上野公園, 東京)
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鉱物名 パイロープガーネット Pyrope Garnet
和名 苦礬柘榴石 (くばんざくろいし)
組成 マグネシウムとアルミニウムの珪酸塩鉱物Mg3Al2(SiO4)3
+ 遷移元素クロムCr 発見地チェコ(宝石質)
硬度 7〜7.5 比重 3.78 屈折率 1.746 結晶 等軸晶系
結婚 18年記念石 誕生石 1月 占星石 3/21〜4/20
石言葉 チームワーク フレンドシップ 国の石 チェコ
動物や植物にオス・メス、雄しべ・雌しべがあるように、もし鉱物にも男女の別があるとしたら、それはガーネットファミリーのことを指すのかもしれません。
一族の長が前回のパイロープとすれば、その”妻”は今編の主役アルマンディン、そしてその夫婦から生れた”長男”がロードライトガーネットという訳です。
更にその”親戚”はスペサルティン、グロッシュラー、アンドラダイトと続き、相互の複雑な”婚姻”関係から生れた美しいグリーンやブラウンの”いとこ”達も、華麗なるガーネット一族の自慢となっています。
ナチュラルな美しさを最大の誇りとしている宝石・ガーネットは、どのような鉱物なんでしょう。
人の手を経なければ美しさを発揮できない多くのカラードストーンと違って、ガーネットの石たちは掘り出された時から透明で、どの色も艶やかで美しい。
最も古くからある赤色ガーネットは、前稿のパイロープと今稿のアルマンディン。
同じく今稿のロードライトは比較的新しい宝石です。
これらの石同士の関係を理解するために、その鉱物組成に一歩踏み込んで学んでみましょう。
酸化珪素を主成分とする鉱物を「珪酸塩鉱物」と云いまして、水晶系宝石はじめ多くのジェムストーンが属する鉱物種なのですが、ガーネット族はその珪酸塩鉱物の花形的地位にある宝石グループの一つです。
その珪酸塩に、マグネシウム、アルミニウム、鉄、マンガン、カルシウムといった5つの金属元素のうち2つの元素が、順列組合せ的に結合して、合計5通りのメイン・ガーネット(専門的には「端成分」)を形成します。
そして更に、あるメイン・ガーネットが時として他のメイン・ガーネットと混ざり合って、中間的なサブ・ガーネット(専門的には「中間固溶体」)が誕生したりします。
珪酸塩にマグネシウムとアルミニウムが組合わさった端成分(メイン・ガーネット)が深紅のパイロープ、珪酸塩に鉄とアルミニウムが組合わさった端成分がバイオレチッシュ・レッドのアルマンディン。
そしてこの二つのメイン・ガーネットの混合体サブ・ガーネットがワイン・レッドのロードライト(これだけは商業名)という訳です。
このような図式があと何通りもある複雑な相関関係が、ガーネットグループを「華麗なる一族」と呼ばせるのでしょうか。
それは、それぞれ個性的で、みな揃って美しいからに他なりません。
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アルマンディンガーネットはガーネット族宝石の中では最も古く、古代エジプト期まで遡りますが、宝石素材として用いられるギリシャ・ヘレニズム期に、宝石質の石はインドから産出しました。
石名「アルマンディン」は、トルコ・アナトリア地方の「アラバンダAlabanda」に由来しますが、それは産地ではなく、研磨・加工地だったようです(プリニウス『博物誌』)。
一方、ロードライトガーネットはぐっと新しく、近代の
1882年、米国ノースカロライナ州で発見されますが、間もなく枯渇します(1902年)が、60年後の
1964年、タンザニアのウンバ渓谷でも見つかり、
大量需要に応える採掘が行なわれています。
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前項で述べた通り、透明で明るいロードライトガーネットが赤系ガーネットの主役になる20世紀まで、赤系と云えば幾分暗くて褐色みのパイロープかアルマンディンガーネットでした。
特にアルマンディンの赤色は濃く、透明石でありながら大粒石は透けて見えないほどでした。
そこでアルマンディンの加工のために考案されたとされる研磨技法が「カーバンクル」です。
カボションに丸く研磨した石の底部をくり抜いて厚みを減らし、より透明に見せようとするものですが、
その意味から転じて、”丸く研磨されたガーネットをはじめとする赤い宝石のこと”という意味にも解されるようです。
筆者は前者を支持しますが、どちらが正しいか本当のところは不明です。
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■多くの宝石研究者や好事家の間で大議論になっていることに、コナン・ドイルの探偵シャーロック・
ホームズ・シリーズ『青いカーバンクルの冒険』
論争というのがあります。
ある伯爵夫人所有の”青いカーバンクル“が盗まれて行方知れずとなり、報奨金を1,000ポンド(当時価で約800万円)まで掛けて探すが見つからない。
探偵ホームズが偶然手にした鵞鳥の胃袋の中からそれは奇しくも発見されるが、それは当の窃盗犯人にも意外だった・・・
というストーリーです。
原題The Adventure of the Blue Carbuncleの
邦訳題を巡って文芸系大手出版社がキリキリ舞
することになり、真の正解はいまだ闇の中です。
要は「カーバンクル」をどう訳すかです。
標準的に「ガーネット」と訳せば、ガーネットに青色はないからおかしい。
「赤い宝石」と訳せば単純な言語矛盾となり、「ルビー」と解せば青いサファイアが同鉱物であること大作家が知らないことになり、一方で、コナン・ドイル先生の宝石不勉強説、はたまた当時話題の呪われたブルーダイヤモンド「ホープ」伝説にあやかり説・・・・・。
そこで筆者は別の大胆な仮説を立ててみました。
実は、ガーネットにも超レアながら青色石は存在したのです。
そのことは、かの19世紀屈指の宝石商エドウィン・ストリーターが自著で”証言”しています。
それほどレアであれば、報奨金1,000ポンドは頷けるし、ドイル卿とストリーター卿はまさに同時代の同じ英国人、名士同士の接点があったのかもしれません。
■数少ない日本のアルマンディンガーネットの産地に、福島県石川町地区があります。
アルマンディンの他にベリルや長石等の珪酸塩鉱物、そして稀少なウラニウム系鉱物も産出しました。
大正から昭和初期、連戦連勝の日本軍部は、この地で核兵器の研究開発を行った経緯があります。
敗戦と同時にそれは立ち消えとなりますが、ガーネットの探索は熱心なアマチュア・マイナーの間で今でも盛んです。
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・「双頭の鷲(ハプスブルグ家紋章)のアルマンディンガーネット」 美術史美術館(ウィーン, オーストリア)
パイロープ説もあり、真相は不明(前稿「パイロープガーネット」参照)。

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鉱物名 アルマンディンガーネットAlmandine Garnet
和名 鉄礬柘榴石 (てつばんざくろいし)
組成 鉄とアルミニウムの珪酸塩鉱物Fe3Al2(SiO4)3 +
遷移元素なし 発見地インド(宝石質)
硬度 7〜7.5 比重 4.05 屈折率 1.790 結晶 等軸晶系
結婚 18年記念石 誕生石 1月 占星石 3/21〜4/20
石言葉 チャスティティ(貞操) フレンドシップ

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鉱物名 パイロープガーネットとアルマンディンガーネット
の混合(中間固容体)
Pyrope Garnet + Almandine Garnet
和名 苦礬・鉄礬柘榴石 (くばん・てつばんざくろいし)
組成 マグネシウムと鉄とアルミニウムの珪酸塩鉱物
(Fe/Mg)3Al2(SiO4)3 +
遷移元素なし 発見地米国ノースカロライナ州
硬度 7〜7.5 比重 3.78〜4.05 屈折率 1.746〜1.790 結晶 等軸晶系
結婚 18年記念石 誕生石 1月 占星石 3/21〜4/20
チームワーク フレンドシップ チャスティティ(貞操)
その赤色があまりに美しかったため、レッドスピネルは長い間ルビーと誤認された長い歴史が
あります。
永らく人の目を欺けるほどに、愛すべき宝石なのです。
その愛すべき第一の特長は、掘り出された時からナチュラルな赤色を誇り、端正な正八面体の原形を彷彿させる結晶美をも演じてくれること。
花にたとえれば、普段から薔薇やランの花に見慣れた人でも、あるとき野山で偶然出会った名もない可憐な花、――その姿、色合いの美しさにしばし見とれてしまう・・・・・。
そんな感動から、あなたとレッドスピネルの出会いも始まるかも知れません。
ルビーと誤認されてきた理由は、見た目だけでなく科学的にも揃っていたのです。
まず鉱物そのものが、ルビーを構成する酸化アルミニウムという鉱物に、ただマグネシウムが加わっただけのものがスピネルという訳です。
コランダム同様に純粋なスピネルも無色透明で、そこにクロムが混入して赤紫色を演じ、しかも強い蛍光性を併せて持つ点まで、ルビーとまったく同じだったのです。
そしてルビーとスピネルは、産地と産状もほぼ
共有していることが、誤認を決定付けました。
ナチュラル・ルビーの聖地ミャンマー・モゴク鉱山の採掘現場では、ルビーと思しき石の5つに1つは実にレッドスピネルです。
スリランカ等の主要コランダム産地が、そのままスピネル産地でもあるように、両者は因縁の仲なのです。
レッドスピネルは、しかし、ルビーとは似て非なる魅力を湛える宝石です。
大半のルビーが加熱という加工を経て美しくなっている一方、レッドスピネルの美しさは正真正銘のナチュラル。
キズの主因となる内包物も極めて少なく、鉱物耐久性は申し分ありません。
特にクロム含有率の多い石の赤色は、エレクトリックレッドというに相応しく見るも鮮やかに澄み切って色むらがない。
――そしてこれらのことをこの石の宝石価値として気付いている人の数が、何故か世界的にもまだまだ少ない!・・・・・。”極上のレッドスピネルやピンクスピネルは究極の掘り出しもの”と、石にうるさい玄人(くろうと)筋に密かに支持される所以です。

上述したように、ミャンマー・モゴク鉱山からルビーと共に掘り出されました。
それが”初物”と云えるかどうかは定かでありません。
なぜなら、スピネルとルビーは別物、と確定したのが近世に入ってからで、仮にそれ以前にどこかで見つかっていたとしても、誰もスピネルとは特定できなかったからです。
スピネルの和名が「尖晶石」と云われる如く、この石はかなり鋭利な正八面体で産出します。
殊にモゴク産のレッドスピネルは、シャープなエッジの四角錐を上下に張り合わせたような、見事な正八面体結晶で私たちの前に出現します。
これを「エンジェルカット・スピネル」と云いますが、これこそ研磨という人的加工すら施さない、まさに極め付けのナチュラルジェムと云えます。

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スピネルとルビーは別鉱物であることが確定したのは、前項で近世と書きましたが、正確には16世紀の1546年、アグリコーラAgricolaというドイツの鉱物学者が発表し、自ら「スピネル」と命名しました。
意外にもルネサンス初期、既にこの宝石は鉱物学的に”認知”されていたのです。
にも拘らず人々は、何故かその後も”誤認”し続けました。
14世紀の有名な「黒太子のルビー」(詳細は次項)をスピネルと見破ったのは科学者ロメド・リールですが、それは大革命前夜の1783年でした。
つまり、その140カラット(38g)の”隠れスピネル”はまさに国宝級宝石として諸国を巡りながら、少なくともアグリコーラの命名からロメド・リールのスピネル宣言までの約240年、誰一人として”真実”を暴かなかったのです。
帝国の何代もの王たちがルビーと信じ切っているその特大宝石の真実を、平然と告げられる勇気ある学者など居なかったのでしょうか。
それとも、ただ鑑別する機会がなかっただけでしょうか。
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■保存版/「黒太子のルビー」の王朝遍歴 ――ルビーと見なされて来たレッドスピネルの輝かしい遍歴を、史実に照らして一緒に辿ってみましょう。
| 14世紀初頭 | グラナダ王国の王子アブ・サイドが、このルビーという触れ込みの赤色石の史実上の 最初の所有者。 |
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| 同上 | 隣国カスティリア王ペドロ(残酷王の異名)、アブ・サイドから赤色石を強奪。 | |
| 1367年 | 兄弟の謀反で窮地に立ったペドロは、英国プランタジネット王朝第7代王エドワード3世の長男エドワード皇太子(黒太子)に助けられ、代償に赤色石を差し出す。エドワード 黒太子は、1338年に勃発した英仏百年戦争で数々の武勲を立て、黒装束の皇太子が 仏軍から”ノワール(黒)”と恐れられたことから、後世になってこのニックネームが付いた らしい。以後この赤色石は英国歴代の王たちに継承されることになる。 |
|
| 1415年 | ヘンリー4世より始まったランカスター王朝期に、続行中の英仏戦アゼンクールの戦いで、ヘンリー5世着用の兜が仏軍に叩き割られるが、守護石としてその石を付けていた為か、命は無事だった。 | |
| 1455年 | 英仏百年戦争終結直後、王位継承権を巡ってランカスター家とヨーク家の間で起きた 内乱・薔薇戦争で、ヨーク公リチャードが赤色石を鎧に着用(両家とも家紋が薔薇である。ヨーク家が勝利してエドワード4世即位(ヨーク王朝)。 |
|
| 1485年〜 | ヘンリー7世よりチューダー王朝スタート。次のヘンリー8世、王妃を離縁して侍女の アン・ブーリンをめとり、それが元でローマ教会から離脱、イギリス国教会樹立(1534)。 赤色石継承。 |
|
| 1546年 | ドイツの学者アグリコーラ、一般論として鉱物スピネルをコランダムの異種と認定。 | |
| 1603年〜 | ジェームス1世よりスチュアート王朝スタート。この時点で王冠に赤色石が装着される。 | |
| 1642年〜 | 清教徒革命に続く君主政廃止で、同王冠は溶解され、赤色石は一時共和政権(クロム ウェル)の所有下に。 |
|
| 1660年 | 君主政が復活(王政復古)、チャールズ2世、赤色石を奇跡的に王室に取り戻す。 | |
| 1783年 | ハノーバー王朝第3代王ジョージ3世在位中、フランスのロメド・リールによって赤色石がルビーでなくスピネルと宣言(上述)。 | |
| 1821年 | ジョージ4世戴冠式のために、大英帝国王冠The Imperial State Crownが制作される。問題の赤色石は、この時点でスピネルとして堂々と同王冠の、まさに中央部マルタ十字形上に留められた。尚、この時王冠の頭回り部分にも別の赤色石が5ピースが留められたが、それらはみな“本物”のルビーであった | |
| 1837年 | ヴィクトリア女王即位、在位中に世界初のロンドン万博(1851)。女王とこのスピネルの因縁話は伝えられていない。 | |
| 1907年 | 南アで発見された世界最大の「カリナン・ダイヤモンド」が、トランスバール(南ア)政府からエドワード7世に贈られる。同王はそれをアッシャー社に分割・研磨させて、2番目に 大きい「カリナンII」(317.40Ct)を同王冠のスピネルの真下に装着した。 |
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| 現在 | ロンドン塔・クラウンジュエル館に所蔵、一般公開中。 |
■スピネルは前稿「ガーネット一族」同様、実に21の鉱物種を従える”大家族”の総称名です。惜しむらくは、ガーネット・グループほど宝石種と云える多彩な”顔”はなく、宝石種のスピネルはマグネシウム系のレッド、ピンク、ブルーの石(「マグネシアスピネル」)に限られます。
特にピンクスピネルは、本稿のレッドスピネルに勝るとも劣らない独特のオレンジッシュピンクのラズベリーカラーで、最近のスピネル人気を一層高めています。
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「黒太子のルビー(スピネル)」 (140カラット、大英帝国往還のセンターストーン) ロンドン塔(ロンドン, 英国)

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鉱物名 レッドスピネルRed Spinel
和名 尖晶石 (せんしょうせき)
石名由来 「棘」を意味するラテン語Spinaより
組成 マグネシウムとアルミニウムの酸化鉱物
MgAl2O4 +
遷移元素 クロムCr 発見地 ミャンマー(モゴク)
硬度 8 比重 3.60 屈折率 1.718(単屈折)
分散度 0.020 結晶 等軸晶系
結婚 22年記念石 誕生石 日曜
石言葉 「エンデバー(努力)」 「デベロップ(発展)」
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アメリカのユタ州とその周辺でしか採れない赤紫のベリル宝石――それがレッドベリルです。
10年前冬季オリンピックの開催地ソルトレイクシティーを州都とし、多くの世界的スキーリゾート地を
いただく同地のイメージは、降り積もる雪の「白」。
そんな山岳地帯から出て来た宝石が、見るも鮮やかな「赤」だったのです。
生粋のアメリカンジェム「レッドベリル」が発見されたのは、ユタ州がアメリカ合衆国45番目の州として名乗りをあげた1896年の僅か8年後のこと。
その後世界に君臨する大国アメリカを象徴するメモリアルジェムです。
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本講座初登場のベリル族宝石です。ベリリウムを
キー元素とするアルミニウム珪酸塩鉱物で、その
代表選手は云わずと知れた鮮やかな緑のエメラルドです。
純粋なベリルは例によって無色透明、そこに異金属元素が結晶内に混入して、先のコランダム同様色々なカラーバリエーションを演じてくれます。
クロム混入の場合はエメラルド・グリーン(コランダム+クロムの場合のルビー・レッドとは好対照です)、
そしてベリルにマンガンが入った時に、レッドベリルが誕生します。
同じベリル仲間には淡いピンクのモルガナイトがあり、発色原因は同マンガンです。
ここでは色の濃い淡いで線引きしますが、鮮やかさから来る美しさは、レッドベリルがモルガナイトを
圧倒します。
ベリル宝石全体は今でも世界各地から産出し、それほど稀産宝石ではありませんが、このレッド
ベリルに限って云えば、世界でたった一箇所米国ユタ州でしか採れず、しかも既に掘り尽くされたとも
云われる、第一級の稀少石です。

1904年米国ユタ州ジャブ郡トーマスレインジが第一発見地です。発見者は鉱物学者メイナード・ビクスビー。
発見者の名に因んで、この宝石は「ビクスバイト」と命名されて半世紀が経過します。
同じくユタ州南西部ビーバー郡ワーワーマウンテンで、今度は宝石質の結晶がレイマー・ホッジスによって掘り出されて、にわかに色めき立ちます(1958年)。
採掘権をホッジスから買ったレックス・ハリスは
その石をGIAに持ち込み、”美しい赤いベリルだから「レッドベリル」”との商業名を発想して、宝石界デビューを果たしました。
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当初ビクスバイトと命名されたベリル宝石が、「レッドベリル」としてデビューした経緯は上述しました。実はこの宝石のネーミングについてはその続きがあります。
採掘権者レックス・ハリスは1994年、レッドベリル拡販を期して、その名も”レッドエメラルド社”という会社とビジネスを組みます。
以来、地元アメリカではこの宝石を「レッドエメラルド」と呼ぶようになったようです。
商業名とは云え少々無理があるネーミングですが、権利当事者が係ってのコマーシャルネームとなれば、誰も文句は付けられなかったのでしょうか。
そして時を待たずその直後、状況は一変します。
エメラルドに次ぐメジャーな赤いベリルの出現を
夢見た企業の1つとして、あのピンクダイヤモンド
の覇者アーガイル鉱山を率いるリオ・ティント社が、
新しい採掘権者としてユタ州に名乗りを上げたの
です。
世界一,二を争う鉱業・鉱山資本の多国籍企業リオ・ティント社の考えは、大規模・機械化による効率採掘でレッドベリルを独占し、同じ色系統のピンクダイヤモンドのビジネスとの相乗作用を目論んだ、と思われます。
しかし結果的には見込み違いだったのでしょうか、レッドベリル・ドリームの夢は破れ、同社はユタ州を去ります。
現在鉱山は再びレックス・ハリスの手に戻り、家族だけで細々と採掘は続けられています。
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■『ジュエルペット』というアニメ・キャラクターのシリーズがあります。
サンリオとセガが共同制作したそのキャラクター名というのが、すべて宝石の名から来ているというから、とてもユニークで傑作なネーミングばかりです。総勢70匹ものジュエルペットたちがいますが、ここではレッドベリルから名を貰った「リル」ちゃんを紹介します
――正式名・レッドベリル、外見・肌色の子豚(メス)、ジュエルパワー・心身浄化、誕生日・4月24日。
プロフィール=ミスジュエルランド・コンテストで優勝経験があり、好評の自著「美しさそれは罪」で、ダイエットは外見だけでなく心のダイエットこそ重要、と考える。
アニメの世界とはいえ、不思議なリアリティーを感じます。
リルちゃん他ジュエルペットたちに会ってみたい方は、テレビ東京(系列)毎日曜朝9:30の番組「ジュエルペット」(ハイビジョン放送)をご覧下さい。
■レッドベリルの聖地米国ユタ州は、もともとキリスト教の一派(モルモン教徒)が未開の地を切り拓いた新しい州です。
「4福音書から始まる新約聖書には、実はもう一つ福音書が実在した。
それが知られざる使徒モルモンが書き記した第5福音書だ」と主張する彼らが、「モルモン経典」という聖書に準ずる聖典を片手に、その伝道の総本山に決めた土地が米国ユタ州なのです。
外タレさんでお馴染みのケント・デリカット氏やケント・ギルバート氏がユタから渡日した目的は、他ならぬ「伝道」だったことはよく知られています。
上述したメイナード・ビクスビーやレックス・ハリスなどもモルモン教徒と推察され、彼らの祖先はヨーロッパからの移住組と思われます。
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鉱物名 ビクスバイトBixbite
和名 緑柱石 (りょくちゅうせき)
石名由来 発見者Bixbyの名より
組成 ベリリウムとアルミニウムの珪酸塩鉱物 Be3Al2Si6O18 +
遷移元素 マンガンMn 発見地 米国ユタ州
硬度 7,5〜8 比重 2.72
屈折率 1.577〜1.583(複屈折量0.006)
分散度 0.014 結晶 六方晶系
星座石 10月24日〜11月21日 (さそり座)
時間石 午後3時 石言葉 「インサイト(洞察力)」
長石グループの宝石では非常に珍しい赤系の宝石と来れば、それはアンデシン、そしてサンストーン
です。
コレクターたちの間だけで愛されて来たこの両レア・ジェムが、ある時を境に宝石の表舞台に踊り出ました。
「ある時」とは、まだ記憶に新しい中国初の北京オリンピック大会です。
中国政府はオリンピックの”公式宝石”として、本来ならば緑の翡翠あたりが妥当なところなのに、何と赤色のアンデシン・サンストーンを認定したのです。
今世紀になって同国内で、良質の中性長石の鉱脈が見つかったからでしょうか、ともかく国の意外な”美的政策”に。
両石はその美しさを以って期待に答えました。
アンデシンの故郷・発見地は、その名の通り遠い南米のアンデス山系。奇しくも次回オリンピック
開催地は、アンデスの山々を戴くブラジルに決まりました。
粋なアンデシンが縁結びの役割を演じたのでしょうか。
多彩な顔ぶれを誇る長石フェルスパー・グループ
の、本講座一番打者に相応しい宝石はアンデシンとサンストーンです。
長石グループに属する宝石相互の相関関係の複雑さは、他グループに類を見ない混戦模様を繰り広げます。
グループ内に異なった結晶系が並存し、5種類もある端成分鉱物の間に様々な中間固溶体鉱物がぶらさがり、そこから更に変種鉱物が連なります。
カリウム(K)、ナトリウム(Na)、カルシウム(Ca)、
バリウム(Ba)の各元素が、個別にアルミニウム
珪酸塩と化合して幾多の長石鉱物を形成するの
ですが、Na系のアルバイト(曹長石)とCa系の
アノーサイト(灰長石)が、6:4の比率で混ざり合って「アンデシン」(中性長石)が誕生します。
そしてその比率が微妙に変化して8:2となった時誕生するのがオリゴクレース(灰曹長石)で、その
光学的変種が「サンストーン」(日長石)という訳です。
また、その逆の比率2:8の時に誕生するラブラドライト(曹灰長石)にも、同光学条件下でサンストーンが出現するから、何とも厄介な話です。
因みに、同グループの花形「ムーンストーン」の代表的なものは、Na系のアルバイトとK系のオーソクレース(正長石)の中間体サニディンという鉱物の光学変種名です(詳細は「ムーンストーン」の稿で)。――このように長石族は他の宝石族と比べても段違いに難解な宝石集団です。
曹長石と灰長石の中間体アンデシンの常態色は白からグレイですが、最近透明なオレンジッシュ・
レッドの美しい石が多く出現します。
その赤色の色起源は微妙な銅元素と思われますが、それが地中で入ったナチュラルのものか、後から人工的に入れたものか(拡散加熱処理)、判定は産地ごとに別れるようです。
同じく曹長石と灰長石の中間体オリゴクレース及びラブラドライトの常態色も、白からグレイッシュ・
イエローですが、そこに赤鉄鉱(前者の場合)や自然銅(後者の場合)が内包物として混入した時、
ギラギラ輝くあのアヴェンチュリン効果を発揮して赤いサンストーンが誕生します。
近年米国オレゴン州で産出したラブラドライト系サンストーンは特に美しく、長石人気を一気に高めました。そして今世紀、中国のチベットや内モンゴル地区で見つかったサンストーンは、オリゴクレエースやラブラドライト系ならぬアンデシン系と判明し、あのギラギラ感が少ない代わりに、より透明で赤く鮮やかな新しいサンストーンのデビューとなったのです。

アンデシンの発見地は上述の通り南米アンデス
山系ですが、これは伝説の域を出るものではなく、
年代・場所ともに特定できるものではありません。
初の商業的産地は中央アフリカはコンゴのニイラ
ゴンゴ火山地域です(現在廃鉱)。
現在産地の主役は、中国のチベット自治区(ラサ近郊)及び内モンゴル自治区に移っています。
サンストーンの発見地は南インドですが、こちらも年代・場所を特定できません。
初の商業的産地は米国オレゴン州のボンテローザ鉱山。
ラブラドライト系サンストーンとして世界の脚光を浴び、「オレゴンサンストーン」の名(詳細次項)でメジャージェム入りを果たしました(1980年)。
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■上述のように、灰曹長石オリゴクレースの変種としてインドで発見された「サンストーン」は、後に
米国オレゴン州で発見された曹灰長石ラブラドライトにも”あのギラギラしたサンストーン効果が出る
”変種が出現したのを受けて、半ば強引にそれをサンストーンと呼称し、そこに地名まで冠せて
「オレゴンサンストーン」として売り出されました。
そのネーミングにクレームを付けたのが、宝石学の最高権威スイスのエドワルド・グベリン博士(故人)
でした。
氏の意を汲んで今度は、米鉱物学会の重鎮フレデリック・ポー博士が”サンストーンのギリシャ語形「ヘリオライト」と別称したらどうか”と仲裁案を出しましたが、現実的ではなかったようです。
その間グベリン案を巡って賛否両論の議論が沸騰し、最後にそれを総括する形で、”宝石学の父”と
仰がれる米国GIAのリチャード・リディコート(故人)
は”もとより「サンストーン」は鉱物名でなくあくまで商業名。
ならば既に認知された呼称を是認するのが宝石学(鉱物学でなく)の立場である”とグベリン案を退けました。
世界最大の宝石消費国アメリカの産学協同パワーの結果と見るべきでしょうか。
尚、オレゴンサンストーンは現在、オレゴン州の
ステートジェム(州石)に指定されています。
■アンデシンとサンストーンは、長石族にあってその赤系のカラーが持ち味です。ところが実際は赤の反対色グリーン系の美しい石も存在するのです。
赤発色の原因が銅や赤鉄鉱であることは前述しましたが、緑色の原因もどうやら同じ銅のようです。
銅片の大きさの違いで、通常(赤色石の場合)よりも更に微小なコロイド状の銅が結晶格子に入り、その結果格子間電荷移動が起こり、結晶が変化して緑色波長だけを吸収・反射する、その結果グリーンのアンデシンやサンストーンが出現するようです。
■サンストーンと云えば、中世期北欧の海賊団ヴァイキングが羅針盤代りに使った石、という逸話があります。
航海中曇った日でも空にかざすと太陽の位置が判ることから、太陽の石=サンストーンと呼ばれたようです。
しかしこれがサンストーン違いで、実際はその偏光性を利した「アイオライト」という、ノルウェイ生れの青い宝石(菫青石)のことで、今日のサンストーンとは無関係です。
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鉱物名 アンデシンAndesine
和名 中性長石 (ちゅうせいちょうせき)
石名由来 発見地アンデス山地Andesの名より
組成 ナトウムとアルミニウムの珪酸塩鉱物NaAl2SiO8及びカルシウムとアルミニウムの珪酸塩鉱物CaAl2SiO8の中間固容体(構成比6:4)
発見地 南米アンデス山系
硬度 6〜6.5 比重 2.65〜2.69
屈折率 1.543〜1.551(複屈折量0.008)
分散度 0.012 結晶 三斜晶系
国定石 中国
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鉱物名 オリゴクレースOrigoklase(A)又は
ラブラドライトLabradorite(B)の光学変種
和名 日長石 (にっちょうせき)
石名由来 太陽Sunのように輝く石より
組成 ナトウムとアルミニウムの珪酸塩鉱物NaAl2SiO8及び
カルシウムとアルミニウムの珪酸塩鉱物CaAl2SiO8の中間固容体から2形態
(構成比A 8:2 B 4:6)
発見地 南インド
硬度 6〜6.5 比重 2.62〜2.67
屈折率 1.543〜1.551(複屈折量0.008)
分散度 0.012 結晶 三斜晶系
国定石 中国 州石 米国オレゴン州
石言葉 「シークレットパワー(秘める力)」
海が人の知恵を借りて創った宝石が真珠ならば、海という自然が独力で創った宝石、それは珊瑚
です。
南洋の海深く百から千メートルの深海でひっそりと棲息し、万に一つ漁師の網に遭遇したときだけ陸に揚って人類と対面する――まさしく海がくれた美しい贈り物です。
古くから地中海産のスカーレット色のベニサンゴを支配していたイタリアの珊瑚商人が、日本の土佐や長崎・五島近海からモモイロサンゴが出た、という知らせに狂喜して来日し、漁師たちに相場高を悟られないように“このボケ!”と叫んで買い叩いたそうです。柿の実のような朱色がかったピンクのモモイロサンゴが、こうして「ボケ」という珊瑚の最高位に格付けされました。
牡牛の血のように鮮やかなアカサンゴも決して見逃せません。
これも土佐や五島の日本特産です。
海底深くから連れて来られた、人魚姫のくちびるのような艶っぽさです。
――さて貴方はどのサンゴ色を選びますか?
鉱物ではない生物(有機質)起源の、しかも珊瑚虫という動物が群生して固化した宝石です。
海に棲む珊瑚虫はプランクトンを食べて増殖し、6本の触手を持った珊瑚虫は、亜熱帯の海の浅瀬に広大な珊瑚礁を形成します(六放珊瑚)。
一方、8本の触手を持つ珊瑚虫は、特定の深海で群生・固化して樹枝状に成長し、表層のポリプ部が剥がれ去った後の石灰質の骨軸が、すなわち「貴重珊瑚」という
宝石素材になります(八放珊瑚)。
いずれの場合も炭酸カルシウムが主成分ですが、多孔質で脆い前者に比べて後者の貴重珊瑚は、骨軸が引締まって密度が高く、表面硬度も真珠と同じ
3(さん).5(ご)〜4を誇ります。
そして私たち人類にとって得難いあの赤色系の美しさは、海中にある微量のマグネシウムと有機質のカロチノイドによるものです。
その赤系の色のランク付けは、地中海産ベニサンゴで珊瑚ビジネスを支配していたイタリア商人
によって形造られていました。
それは@モモイロサンゴAアカサンゴBシロサンゴ/ベニサンゴの順でした。
イタリア人が夢に見たモモイロサンゴに日本(土佐)で初めて出会った時、それは思いもかけない劇的な瞬間でした。
待ちに待ったピンクの「エンジェルスキン」が、なぜか「ボケ」と呼び直されて、こうして極東の島国から国際市場にもたらされたのです。
ボケのもう一つ上、最上級の”本ボケ”の色感は、うっすらと控え目の柿赤色に微かに青みがさした、得も云えぬ日本的な桃色の色合いです。
血の浸みこむような”血赤”の魅力も得難いものがありますが、本ボケの人気には及ばないようです。
独特な珊瑚の質感に相応しい色選びというのは、洋の東西を問わないのでしょうか。

珊瑚は真珠と並ぶ日本の特産宝石、とは誰もが
知るところですが、発祥地は遠く地中海の沿岸地域、イタリアやアルジェリア、モロッコでした。
何と旧石器時代の2万5千年前に既に発見されて
いて、本格的に珊瑚漁が始まったのは、5千年前
シチリア島の漁師たちの素潜りによるものでした。
地中海産ベニサンゴは水深20から90メートル程度の漁でさほど難しくなく、立派な漁業産業として
早くから確立していました。
時を経てやがてベニサンゴの残量も乏しくなり、
イタリア珊瑚ビジネスの中枢を担っていた
トーレ・デル・グレコ(シェルカメオの発信地としても有名)の珊瑚商人が、19世紀中頃、新産地を求めて初来日し、ベニサンゴより良質のモモイロサンゴやアカサンゴと出会うことになるのは上述の通りです。因みにイタリア商人たちが上陸した地点は、
江戸期・土佐、明治初期・長崎福江島、同・薩摩
(鹿児島)等でした。
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“日本特産宝石”といっても、日本産珊瑚はせいぜい百数十年の歴史に過ぎません。
古代から伝わる珊瑚史や伝説は、従ってすべて地中海珊瑚にまつわるものです。
仏教の経典は”極楽浄土は「七宝」で彩られている(七宝荘厳)”と教えており、その一つ(5番目)が珊瑚であることから、古代より日本でも珊瑚はとび抜けて高価な宝物でした。
当然それは地中海からシルクロードを通じ、ペルシャ、中国を経て日本に渡来したのですが、ペルシャを当時”胡国”と呼んだことから、「胡渡珊瑚」(ペルシャ経由の地中海珊瑚)という呼称が付きました。
その一つを私たちはあの正倉院宝物の中に今でも見ることができます。
珊瑚の主役が地中海・イタリアから我が日本に
移る、その象徴的な史実が残っています。
徳川・天保年間(1832年)、四国土佐の漁師・戎屋幸之丞が室戸沖で見事なシロサンゴを引き揚げ
ました。
初めて見る見事なシロサンゴに世界は感嘆し、引き揚げた漁師の名「幸之丞」をそのまま公式学名にしたのです。名付けて「コーラリウム・コーノジョイCorallium Konojoi」。
因みに、外貨が稼げる珊瑚に目を付けた幕府(将軍家斉)が、土佐藩を通じて禁漁にしていた珊瑚を、幸之丞は命懸けで”密漁”していたと云われます
(維新後明治4年=1871年解禁)。
■最上級珊瑚「ボケ」の語源由来は、実は混沌としています。
上項では「色褪せる」などで使う否定的な日本語「ぼける」を、意図的・取引戦略的なイタリア人が咄嗟に思い付いた言葉、としていますが、残念ながら真相は判りません。
一説には、ピンクのボケというバラ科の植物の名から、とか、純粋なイタリア語由来説もあります。
ここは、真実をご存知の博学なる読者諸兄のアドバイスを仰ぎたいところです。
■一般に宝石の人気のバロメーターの一つに、その愛称(ニックネーム)の多さがあります。
珊瑚には次のような豊富な愛称があります;
最高位のボケの「エンジェルスキン」、ベニサンゴの中で最良質の「スカーレット」「シャッカ」、ミッドウェイ海域産の「ミッド」、同濃いピンクの「ガーネット」、血赤の英式名称「オックスブラッド」、日本産珊瑚の明治初期の総称「土佐」、鹿児島沖産の「薩摩」、胡渡り珊瑚がヒマラヤ山系で定着した「山珊瑚」、そして模造珊瑚のフォールスネーム「ニューコーラル」。
■徳川家康の次男秀康とベニサンゴにまつわる話があります。
家康の正室築山殿から嫌われた側室・御万の実子秀康は家康にも疎まれ、羽柴家(秀吉)の養子(人質)に出されますが、華々しい武勲をあげ後に結城家を継いで結城秀康となります。
彼が城代を務める伏見城の宴に出雲歌舞伎の阿国一座を招き、「天下に幾千万の女あれども、一人の女を天下に呼ばれ候はこの女なり」と阿国を最絶賛し、秀康秘蔵の胡渡りベニサンゴの珠を贈って舞わせたと云います。
将来を嘱望されていた秀康は34歳の若さで没しますが、その才覚を妬んだ弟秀忠(後に2代将軍)に
謀殺されたとの説もあります。
■シェルカメオがイタリアの彫り職人に相応しい洋風素材であるように、同じ地中海生れでありながら珊瑚は、伝統的に日本の彫り職人に最も相応しい素材と言われるようです。
根付彫刻の芸術背景を持ち、江戸彫りに代表されるその造形文化は、まさに珊瑚の出現によって爛漫の花を咲かせます。
材料として硬すぎず、軟らかすぎずの硬度3.5の樹枝状素材が、彫り師の創作欲を駆り立て、名人とも
なれば美しいサンゴの原木を見据えた瞬間、作品が彫り師の脳裏では完成しているそうです。
■史実によれば、明治38年8月、長崎五島列島・福江島富江港を出帆して男女群島に向った珊瑚船団約200艘が、不運にも大風(大型台風)に遭遇し、当海域特有の”天割れ”という西風暴風雨の最悪事態を予知できず、哀れ帆船155艘、漁師219名が犠牲になりました。
そして彼らの初盆慰霊を終えたばかりの翌39年10月、今度は173艘、734名の漁師が海に殉職しました。両年で千名近い命を飲み込み、船影もなくなった福江の海は、それでもその後徐々に若い珊瑚採りが集って来ました。
モモイロサンゴを一度でも海底から引き揚げて、その美しさを目の当たりにした先輩漁師たちの魂が、彼らを呼び寄せたのでしょう。
この海難事故を教訓に、その後珊瑚船は飛躍的に近代化・大型化され、漁場も台湾まで広域化されて、今日各地で安全操業が続けられています。
[新田次郎の海洋ドキュメント小説『珊瑚』(新潮社刊)の資料より]
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素材名 サンゴCoral
和名 珊瑚 (さんご)
「コーラル」の由来 「小さな玉石」を意味する
ギリシャ語Korallionより
組成 炭酸カルシウムCaCO3 +
内包物 マグネシウムMg
発見地 地中海シチリア島沖
硬度 3.5〜4 比重 2.65
結晶 六方晶系(粒状体)
誕生石 3月 結婚 35年記念石
厄除け石 女性19歳
国定石イタリア アルジェリア モロッコ
石言葉 「ハッピネス(幸福)」 「ロングライフ(長寿)」
インド洋に浮かぶセイロン島のように、水面静かに艶やかに浮かぶ睡蓮の花、――その色に
勝るとも劣らない美しい宝石を発見したスリランカの人々が、花の名をそのまま宝石名にしました。
パパラチャサファイアです。
誰も見たこともないピンキッシュ・オレンジのその色は、それまで発見されたサファイアの色にはなかったのです。
また、インド洋に沈む夕陽の色――とも地元の人は謂います。
それを眺めて彼らは「インディアンオレンジ色」、いやもう少しピンクがかった「ラズベリー色」だ、いや「ロータスピンク」だ、と会う人ごとにパパラチャの色彩表現は様々です。
オレンジ・ピンク中間色のピンク側限界は、「ベゴニア(長春色)」か「ワイルドチェリー色」あたりでしょうか。その先はピンクサファイアの領域とされます。
人々の好みは時と共に移ろい動くものですが、あなたはあなた自身のパパラチャ色(いろ)を探してみて下さい。
赤色ルビー以外のコランダムをサファイアと呼び、ブルーを筆頭に原色の英語名を冠せて宝石名と
するサファイアグループに中で、唯一花の名から、
しかも中間色を意図するネームが付いた宝石、
それがパパラチャサファイアです。
ブルー以外の数色のサファイアをファンシーサファイアと云いますが、パパラチャサファイアはオレンジサファイアとピンクサファイアの中間に位置し、微妙に狭い色域であるが故にとびきり稀少で、従って高価ながらファンシーサファイアの人気を独り占めにしています。
各色サファイアの色起源は、酸化アルミニウム
(コランダム)結晶に微量に混入した鉄、チタン、
ヴァナジウムそしてクロム等金属元素による光のマジックの為せるものです。
このデリケートなパパラチャの色起源はと云えば、これらの異元素の幾つかが絶妙な割合で混入し、
千に一つくらいの比率でサファイアの中から現れ出た「レア・サファイア」に違いありません。
オレンジではない、ピンクでもない、そのミステリアスな色の詳細把握は文字通りミステリーと
云われます。
その解析に必要なナチュラルな色を備えたナチュラル・パパラチャサファイア
――それを探し出すのはほとんど困難と云われるからです。
上述したように、パパラチャを始め各色サファイア
の祖国は、インド大陸に寄り添うような島国
スリランカです。
この国は山岳地帯もありますが、平地や高原が全体の7割を占める典型的な農業国です。
そんな農村風景のところどころに、人が出入りできるような井戸の入孔口が作られていますが、
まさにそれがサファイア鉱山の入口なのです。
地下25m位まで縦穴を掘り下げ、粘土層にぶつかる辺りで水平方向に掘り進む――そこにはブルドーザーや重機の姿はなく、人力のみによる至ってのどかな”鉱山風景”があります。
島の南部、中央山脈の西側高原地帯の中心都市ラトナプラ周辺が、サファイア主要産出地と云われます(ナディティガラ、アヴィサベラ鉱区等)。
元の国名「セイロン」をシンハラ語「スリランカ」と改名したのは、同地多数民族シンハラ人ですが、
”聖なる輝き”を意味するそのシンハラ語の新しい国名を、誰かが”宝石の神様が舞い降りた国”
と意訳(異訳?)したのも、初めて目にしたサファイアがあまりに美しかったからでしょうか。
そのシンハラ語が宝石名として世界に定着している例は、レアストーンのシンハライトとこのパパラチャだけです。
尚、パパラチャサファイアの主要産地は、その後、新鉱脈発見に沸くマダガスカル、タンザニアへと
アフリカ圏に移っています。
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スリランカでサファイアが発見されたのは、古く
2000年以上も前のことです。
オレンジ・ピンクのパパラチャサファイアの発見は意外に新しく、1900年代の後半、それは私たちの生きる時代に華々しくデビューしたコンテンポラリー・ジェムなのです。
この宝石の名付け親スリランカ人が当初”認定”した色は、まさに睡蓮の花の色、現地読みで「パパラチャ」、すなわちピンキッシュ・オレンジ(桃色がかった橙色)でした。
それがつい最近の1990年代になって、この宝石が”ファンシーサファイアの女王”としてますます脚光を浴びるにつれ、宝石供給側に於ける色の範囲も拡大解釈されて、オレンジイ・ピンク(橙色がかった桃色)までは概ね「パパラチャ・カラー」となったようです。
――この”オレンジ・ピンク論”はさておき、かつてスリランカの人々が見たであろう、パパラチャ色の原風景に思いを馳せ、周りから何を云われても自ら納得の行くオレンジ・ピンクを選びたいものです。
■スリランカ産宝石の集積地は上述のラトナプラですが、研磨加工、流通取引の中心基地と云えば、
旧首都コロンボから南へ海沿いに約60kmの港町ベルワラです。
ベルワラは同国では少数派のアラブ人が仕切る町で、その人口の8割が宝石従事者と云います。
因みに同国の現首都は、旧首都コロンボからこのベルワラへ向う途中の沿岸都市スリ・ジャヤワルダナグラ・コッテなる長〜い名の町です。
■睡蓮の花の色、という意味のパパラチャですが、この「睡蓮」、読んで字の如く昼咲いて夜眠る
花なのです。
昔の人は、そのつぼみを食べて夜眠ると楽しい夢が見れる、と好んで食したとのことです。
ところで睡蓮の花をなかなか見ることのない私たちは、たとえば”煙草を深く吸った時の火の色”を
イメージすれば、パパラチャカラーに限りなく近づけると思います。
■宝石に勝るスリランカの特産品の一つは、セイロン紅茶の名でお馴染みの茶製品です。
これは、かつて同国を植民地としていた英国の人々が、無類の紅茶好きであることと無関係ではないでしょう。
史実によれば、コーヒー豆栽培が同国の主要輸出産業だった時代があり、それが不幸にも病虫害で
壊滅し、そのためコーヒーから紅茶に切り替った、といういきさつはあまり知られていません。
■宝石パパラチャサファイアにとっては、甚だ迷惑な流行語「パパラッチpaparazzi」というのがあります。セレブたちの私生活を盗撮してマスコミに売りさばく写真家のことです。
フェリーニ監督の映画『甘い生活』に登場した報道写真家Paparazzoパパラッツォというドラマ上の
役名が、その映画のストーリーも相俟って一般名詞化したようです。
カメラ付き携帯が普及する今日では、素人がスクープ写真を撮ることをスナパラッチ(スナップとパパラッチの合成語)というそうです。
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鉱物名 コランダム Corundam
和名 鋼玉 (こうぎょく)
パパラチャの由来 「睡蓮の花の色」を意味する
シンハラ語より
組成 酸化アルミニウムAl2O3 +
遷移元素 鉄Fe、チタンTi、 クロムCr他
発見地 スリランカ
硬度 9 比重 4.00
屈折率 1.762〜1.770(複屈折量0.008)
分散度 0.018 結晶 六方晶系
誕生石 9月 占星石4/20〜5/20(牡牛座)
結婚23年記念石 曜日石 木曜
ファイアオパールのふるさとはメキシコの山岳地帯。
それは古代アステカ文明が花開いた地域の近くでもあります。
スペインに征服される前のアステカの人々は、掘り出したファイアオパールを「ハミングバードの宝石」と名付け、オレンジのオパールと共にこの美しい鳥を愛したといいます。
「アステカの太陽神」としてオパールを崇めたその祈りも空しく、アステカ文明は15世紀の覇権国
スペインに跡形もなく滅ぼされました。
いま、見るも鮮やかに輝くファイアオパールを通して、遠い文明の栄耀栄華が目の前に甦って来るようです。
ファイアオパールは、水晶(クオーツ)や瑪瑙
(カルセドニー)等多くの宝石が属する大シリカ
グループの宝石です。
我が大地の地殻を構成する最大元素である「珪素」が酸化した二酸化珪素、すなわち「シリカSiO2」という鉱物は、実に多彩な表情を以って私達を魅了します。シリカが極めて単純に結晶したのがアメシスト等の水晶系宝石ですが、そのシリカが通常の結晶形態をとらず、“潜晶質或いは隠微晶質”状の非晶質鉱物として誕生したのがオパールグループの宝石です。
シリカ宝石の変り種オパールの更なる特異性は、他に例のない「水」を含んだ唯一の宝石であること。つまり、シリカが水に溶けて球状微粒子(シリカ球)となり、それが規則的に配列・固化した“ゲル状固形物”、というのがその正体なのです。
そして話はここで終りません。
そのシリカ球の配列状況により、オパールという宝石は、あの7色の虹色遊色効果を演ずる「プレシャスオパール」と、遊色しない「コモンオパール」の2種に枝分かれして行くのです。
微粒のシリカ球が整然と並び、その球間空隙が光の干渉・回析作用を促して遊色効果をもたらすのが
「プレシャスオパール」ですが、一方、その空隙が一定値より狭かったり、シリカ球配列に規則性を欠く
場合は干渉作用は起こらず、遊色しない「コモンオパール」となります。
ここに至って、ようやくコモンオパールの代表・ファイアオパールの登場です。
厳密に云えば遊色するファイアオパールも存在しますが、本稿では、無遊色ながら火のようなオレンジ色のメキシコ産ファイアオパールを語ります。
プレシャス系のブラックオパールと並び、ファイアオパールはオパール人気を二分する美しい透明石だからです。
ブラックとは似ても似つかぬ鮮やかなチェリーオレンジ色の色起源は、微量に混入した鉄分がオパール特有の水分と作用して水酸化鉄となり、その波長吸収によるものです。
ファイアオパールは「メキシコオパール」と言い
換えられて万民に親しまれて来たように、13世紀
先住民族アステカ族によりメキシコで発見されて
以来、メキシコが世界最大の産地です。
本格的商業採掘は1870年頃、首都メキシコシティーから北西へ200kmのケレタロ(ケレタロ州・州都)他で始まり、以後、西に隣接するハリスコ州
マグダレーナ地区に産出の中心は移り、
マグダレーナは空前のオパールブームに沸きます。時に1960〜1970年、メキシコオリンピック(1968)
を挟む十数年間で、その中には多くの
日本人バイヤーの姿がありました。
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上述のマグダレーナ”オパールラッシュ“の主役は、実に日本人バイヤーだったのです。人数的規模は定かではありませんが、資料によれば、当時の
新産オパールの何と8割は日本向けに出荷された
とのことです。前述のオリンピックの東京に次ぐ
メキシコ開催が、日本人ラッシュの要因と考えられ
なくもありませんが、メキシコに渡った若い日系
バイヤーたちが、現地の女性と家庭を作り以後
定着した例も多かったという事実から、そこには
”産業移民”の要素もあったのではないかと
思われます。
それまでは、オレンジ系のオパールの美意識と
日本人の感性を結び付ける文化的背景があった
とは考えにくく、従って「オパール好きの日本人」
という今日の常套句は、その時形造られたのでしょうか。
尚、当時日本向けに大量出荷されたメキシコオパールは、オレンジ透明石のファイアオパールだけでなく、無色透明な地色ベースに鮮やかな7色遊色効果を演ずる「ウォーターオパール」も相当量ありました。
宝石商の間で「メキ」と呼ばれるメキシコオパールは、もう一つのオパール大国オーストラリアのブラックオパールに勝るとも劣らない、まったく異質で多彩なオパールシーンを演出してくれます。
■ファイアオパールの祖国メキシコにほど近いカリフォルニア湾に浮かぶ亜熱帯の島、
サンタカタリナ諸島。
アメリカのアマチュア・ダイバーたちのホームグランドです。海底に繁茂する海藻の林の間をぬって、気ままに泳ぎまわるガリバルディというひょうきんな魚たち、――その色がまさにファイアオパールのオレンジ色そのまま。
時折遭遇する珊瑚礁のまにまに見かけるのは、
カタリナゴビ−というミニフィッシュ、――ボディーは透き通るようなオレンジ色なるも、眼の付近がまさにウォーターオパールのような見るも鮮やかな7色の虹色。
ダイバー諸君、一度潜って確かめて下さい。
■ファイアオパールFire OpalのFireとは、正確には虹色に遊色するときの「斑」のことです。
ところが、遊色してもしなくてもボディーカラーが燃える火の様な赤橙色であれば、今日では共に
ファイアオパールとされています。
無遊色でもそれをファイアオパールと呼ばせた発端は、どうやら日本人バイヤーによるメキシコオパール買付けラッシュ以来の事のようで、そのあやしげなネーミングをそのまま追認したのが、欧州の色石集積地イダ・オーバーシュタインの指導的宝石商たちだったようです(1980年代)。
これも宝石供給者のビジネスパワーのなせるものでしょうか。
■日本人がオパール好きである一方、西洋人のオパール嫌いは本当でしょうか? 近代英国の
歴史作家ウォルター・スコットが小説「ガイアスタインのアン」の中で、七色に遊色するファイアオパールを不吉な宝石として槍玉に挙げて以来、西洋人はこの石を遠ざけるようになったようです。
その時遊色しないオレンジ透明石のオパールも、彼らは嫌ったのでしょうか?――皮肉にも、
この小説を書いたスコット自身が経営する出版社が、その後破産してしまいました。
それはオパールの”報復”だったのかも知れません(!?)。
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「アステカ太陽神(ファイアオパール)」 シカゴ自然史博物館(シカゴ, 米国)
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鉱物名 オパール Opal
和名 火蛋白石 (ひたんぱくせき)
「オパール」の由来 「宝石」を意味する
サンスクリット語upala(ウパラ)より
組成 水分を取込んだ二酸化珪素SiO2・nH2O +
遷移元素 鉄Fe 発見地 メキシコ
硬度 5〜6.5 比重 1.37〜1.43
屈折率 1.95〜2.05 結晶 非晶質
誕生石 10月 結婚14年記念石
午後6時の宝石
「マンダリン」の呼び名で知られるガーネット族宝石です。私達の身近な果物の一つ、ミカン科
「マンダリンオレンジ」の果皮のオレンジ色が、そのまま鉱物にのり移りました。赤みを帯びた果皮の
”タンジュリン“に近いガーネットもありますが、宝石の世界ではそれも「マンダリン」です。
その昔、中国・清朝の高級役人が着ていた制服の色(橙色)が「マンダリン」の語源由来ですが、
その清朝の首都は当時”満州”の瀋陽というところにありました。
スペサルティンガーネットの和名は奇しくも「満礬柘榴石」(まんばんざくろいし)といいますが、この”満”
つながりはただの偶然のようです。
宝石界の一大勢力ガーネットグループは、本講座でも最多登場宝石族。スペサルティンガーネットは
その4番目のアイテムです。
パイロープ、アルマンディン、ロードライトの”赤色
ガーネットトリオ“は、前の第3,4稿で学びましたが、そのトリオにこのスペサルティンを加えて「パイラルスパイト系列ガーネット」と呼び、”柘榴の赤い種子のような石”という石名由来通りの、伝統的な赤系
ガーネットの”本家”筋を構成します。
本家筋ガーネットに共通するのはアルミニウム
珪酸塩+αという化学組成で、含有するα部分が
マグネシウムや鉄でなく、マンガン元素のときだけ、スペサルティンガーネット特有のマンダリンオレンジ色を呈します。
ガーネット族は、系列内で相互に混ざり合った美しい”混血”鉱物の寄り合いであることは前述
しましたが、スペサルティンの場合も、系列内のアルマンディンとも容易に混ざり合いますが
(見かけはアルマンディン)、稀にパイロープとも混ざり合って特徴的なタンジュリンカラーのガーネットを生み出します。
タンザニアで始めて発見され、時としてピンクがかったオレンジのガーネット宝石の出現(1979年)に、
現地の人々は”不本意”にも「マラヤガーネット」と名付けました(詳細は「トリビア」で)。
また、パイロープとの中間体ガーネットには、同ファミリー唯一の「ガーネット・カラーチェンジ」という、
昼・夜で変色する珍しい宝石もあります(後続の「変色性宝石」の部で詳説)。
前稿から繰返し述べるように、ガーネット宝石は加熱等の処理を要さない無処理宝石であることが、
最大の魅力です。
しかも「結晶力の強い」鉱物と云われるように、オリジナルの結晶形(等軸晶系・斜方十二面体)で
掘り出されることの多い、限りなくナチュラルなジェムと云えます。
スペサルティンガーネットの発見地は、その宝石名の根拠となっている南ドイツの小都市Spessart
(ドイツ読みで「シュペッサルト」)と云われます(命名1832年)。同じ仲間のパイロープガーネットの発見地もすぐ近くのチェコ・ボヘミア産ですから、数少ないヨーロッパ発のジェムの一つと云えますが、残念ながら同地での商業的採掘の史実は見当たりません。
宝石質スペサルティンの初期的産地はカリフォルニア他米国諸州(20世紀中頃まで)、次いで1990年アフリカ・ナミビア産ガーネットがデビュー、その時から「マンダリンガーネット」の呼び名が始まり市場を席巻します。
以後、堰を切ったようにマダガスカル(ペギリ-)
パキスタン(カシミール)ブラジル(ミナスジェライス)
タンザニア、そして今世紀アフガン産もツーソン展で話題になります。
主要宝石産地国のほぼ全域から産出するこの宝石は、今やグローバルなメジャーストーンなのです。
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装身具雑貨の素材としてスペサルティンガーネットは、我が国でも実に徳川時代から多用されて
いました。根付や印籠の紐に通す「緒締め」の素材に、黒光りする結晶面の光沢が保たれるガーネットは、とても粋な脇役でした。
ただし日本産スペサルティンは純粋種ではなかったようで、鮮やかなオレンジ色は望むべくもありませんでした。

■上述の「マラヤガーネット」が、何故不本意な
呼称なのでしょうか?
原産地タンザニアの公用語スワヒリ語のスラング
で「マラヤ」と云えば、「娼婦」とか「疵もの」という
侮蔑的な意味だそうで、スペサルティンと
パイロープの混血の石は当初見向きもされません
でした。
しかし、そうして生れた石の中から、時折うっとり
するようなピンキッシュ・オレンジの粒が出て来ます
・・・。それに魅せられた西欧の宝石商たちは、問題の宝石名を産出鉱山名ウンバに因んで「ウンバライト」との改名を提案したようです(現宝石界では双方併用)。
尚、「マラヤ」の英文表記はMalayaでなくMalaia、
---これを「マライア」と表記する宝石商もいますが、
あのセレブ歌手マライア・キャリー(Mariah Carey)
とはスペル違いです。
■18世紀ドイツの国民的文豪ゲーテは、無類のミネラルマニアとしても知られています。
旅行好きの彼が集めた鉱物コレクションは何と2万点余、自身が発見・命名したゲータイトGoethite(和名「針鉄鉱」)という石まであります。
旅の唯一の移動手段だった馬車の荷台は、常に”貴重な”石ころで一杯だったようです。
そんなゲーテは一方で、行く旅先ごとに女性に恋してしまう極めて恋多き男、「若きウェルテルの悩み」
等の名作は殆ど悲恋の物語です。
老いてなお多感な75歳のゲーテが恋したのは、実に19歳の美少女ウルリケ・レベッツォー
――-彼が転地療養に訪れたボヘミア地方の保養地マリエンバートの少女でした。
プロポーズのしるしに彼女に贈ったのがガーネット。鉱物通のゲーテですから、並のガーネットでなく
恐らく稀少なスペサルティン系だったに違いありません。
因みにこの恋も悲恋に終り、それが最晩年の傑作「マリエンバートの哀歌」という、はかなくも美しい
散文詩になりました。
■上段メッセージ欄の耳慣れない「パイラルスパイト系列ガーネット」なる言葉は、伝統的な赤系
ガーネットの3つのメインガーネット(端成分)、すなわちパイロープPyrope、アルマンディンAlmandine、スペサルティンSpesartineの頭文字を繋げた赤系柘榴石の総称Pyralspite seriesのことです。
一方、非赤系ガーネットを構成する3つのメインガーネットすなわちグロッシュラーGrossular、
アンドラダイトAndradite、ウバロバイトUvaroviteの、同じく頭文字を繋げて「ウグランダイト系列Ugrandite series」と称します(便宜上最後のUをトップに)。
前者系列の共通元素は既述の通りアルミニウム、そして後者はカルシウム。
前者は相互に混ざり合って中間固溶体を形成しますが、後者は混ざり合わず(一部例外)、その代り別の異元素を取込んで、グラスグリーンのデマントイドガーネットのような美しい変種鉱物を生み出します
(後続稿で個別詳述)。
ガーネット族を「華麗なるガーネット一族」と云わしめる理由は、まさにそこにあります。
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「ヴァージニア・スペサルティン」 (98.61Ct)
アメリカ自然史博物館(ニューヨーク, 米国)
「ゲーテ鉱物コレクションのガーネット」
マリエンバート郷土資料館(マリエンバート、ドイツ)
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鉱物名 スペサルティンガーネットSpessartine Garnet 和名 満礬柘榴石 (まんばんざくろいし)
石名由来 発見地ドイツSpessartシュペッサルト
より 組成 マンガンとアルミニウムの珪酸塩鉱物Mn3Al2(SiO4)3・ 発見地 ドイツ
硬度 7〜7.5 比重 4.15 屈折率 1.810〜2.05
結晶 等軸晶系 誕生石 1月 結婚 2年記念石
占星石 水瓶座(1/20-2/18) 午前11時の宝石
石言葉Life Safety(身の安全)
猫好きでなくとも憎めないのが子猫のつぶらな眼。
よく見ると眼の中の瞳は黒くタテ長でそれが尚更愛くるしくも魔性的でさえあります。
―――そんな猫の眼の情景を宝石の中に再現したのが、猫眼金緑石 すなわち
クリソベリルキャッツアイなのです。
ふっくらとした蜂蜜色した金緑石の中央を、くっきりと走る乳白色の光の帯は
むしろ黒猫の妖艶な眼差し、とでも云うべきでしょうか。
本講座初登場の鉱物クリソベリルは、石名の
一部でもあるベリリウム元素が、酸化アルミニウムに加わったものです。
酸化アルミニウムとは単体でコランダム(ルビー、
サファイアの鉱物名)のことですから、それがベリリウム
と合体した宝石がクリソベリルと認識しましょう。
クリソベリルはしばしば針状ルチル結晶を内包し
それが束なって無色透明・繊維状のチューブ・
インクルージョンを形成し、時として石全体を
覆います。
そこに入射した光は、そのインクルージョン方向
とは直角に(平行でなく)一本の光の帯を描いて
反射します。
例えば、釣り糸等の糸巻きの反射光沢が
糸方向に直交するのをご想像下さい。
この光学効果を「猫眼効果」英名で「シャトヤンシー」或いは「シャトヤントバンド」といい
同効果を発揮するクリソベリルのフルネームをクリソベリルキャッツアイという訳です。
本来様々な色を演ずるクリソベリルですが、絹光沢のような質感の黄緑がかった褐色の地色に
一直線の白い光の帯を映し出す クリソベリルキャッツアイは、見事という他ありません。
濃密な蜂蜜(ハニー)のようなボディーカラー、そして鮮やかなミルクの河のようなライン
―――この”ミルクと蜂蜜効果“がこの宝石に同時に実現するのは、極めて稀だからです。
クリソベリルをカボション研磨したら、表面から
シャトヤンシーが浮き出た、という光学現象が
発見されたのは古い昔でなく近年のことです。
しかし、誰が、いつ、どこで“猫の眼”に出逢った
かは、殆ど不明です。
ブラジルで発見された石が最初のクリソベリル
キャッツアイと云えそうですが残念ながらそれも
確たる資料は見当たりません。
最初の商業産出地がスリランカ・ラトナプラ地方
であったのは、間違いないようです。
しかしそこは1980年代でほぼ枯渇してしまい
以後ブラジル・ミナスジェライス州アメリカーナ渓谷
地域に移り、更に今世紀に入ってマダガスカル・
イラカカ地方が最大の供給地になっています。
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大戦後の国際宝石市場で、ダイヤモンド以外に特に日本人の消費量が多かった宝石として
オパール、ヒスイ、そしてこのクリソベリルキャッツアイが挙げられます。
国際相場を引き上げたというほど、日本人の購買力は旺盛だったと云われますが、
クリソベリルキャッツアイに至っては時の世界相場を作るほどの買いっぷりだったようです。
余談ですが、東京オリンピック後の好況に沸く日本の首相(池田勇人)が、スリランカ(当時セイロン)
訪問の際、家族への土産にとクリソベリルキャッツアイを購入したそうですが、
その購入価格(1,000万円余)が当時の新聞ネタになりました。
■光と宝石が演出するシャトヤンシー(猫眼効果)という光学現象は、クリソベリルに於いてこそ最も
効果的に且つ最も美しい映像を私達にもたらします
が、内包物等の条件さえ揃えば、他の宝石にも十分現れます。
その代表例は―――アパタイト、ダイオプサイド
エンスタタイト、コーネルピン、シリマナイト
クォーツ、ネフライト、トルマリン、ベリル、オパール
等々で、各石名の後に「〜キャッツアイ」又は
「〜キャッツアイタイプ」と表記します。
ところで、クリソベリルと同じ組成の鉱物
アレキサンドライトにもキャッツアイタイプが存在し
昼・夜で変色する特性だけで高価なこの石に
更に猫の眼効果が入ったアレキサンドライト・
キャッツアイは、同サイズのダイヤモンドをも遥かに凌ぎ、相場が成立し得ないほどの高嶺の花となっています。
■宝石の中の「キャッツアイ」は、猫の目玉(眼球)でなく細長い瞳孔の様を指しますが、その瞳孔は
明るい時にこそ細長くても、暗い夜道などでは
実に眼球全体に開き、暗闇に光る二つの白球を
私達はよく目にする訳です。
また、面白いことに毛色が白い白猫の瞳は
”金目銀目”といって左右瞳の色が違うそうです
(黄みと青み)。そしてもう一題、これほど身近な動物
なのに十二支に猫年がないのは何故でしょう?
「十二支」の産みの親 古代中国には、そもそも
猫がいなかったとか(?)。
その代りなのでしょうか、同じネコ科のトラ年を
抜擢しました。
宝石界にも虎目石ならぬタイガーズアイがあり
有名なタイガーモチーフのジュエリーが
一世を風靡したこともありました。
■上空の天体には「キャッツアイ星雲」という星群があります。りゅう座に位置するこの惑星状星雲は、宇宙望遠鏡のX線データ画像でしか確認できませんが、その画像からは猫の眼をイメージできる
青黒い”瞳”が観察され、まるで宇宙を見渡しているかのようです。
月に行ったときのウサギ君も、この星に目くばせしたのでしょうか?
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「マハラニ・キャッツアイクリソベリル」
(スリランカ産 58.2Ct)
スミソニアン自然史博物館(ワシントンDC, 米国)

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鉱物名 クリソベリルキャッツアイ
Chrysoberyl Cat’s-eye
和名 猫眼金緑石 (ねこめきんりょくせき)
石名由来 黄金を意味するギリシャ語Chrysos
(クリソス)とベリル元素を意味する同Beryllos
(ベリロス)より
組成 ベリリウムと酸化アルミニウムBeAl2O4・
発見地 ブラジル
硬度 8.5
比重 3.73 屈折率 1.746〜1.755
複屈折量 0.009 結晶 斜方晶系
石言葉 Exorcism from Evil Spirit(悪霊を遠ざける)
宝石はみな固有の石言葉を持っています。その石言葉が、時として世界史の表舞台に出て
来ることがあります。
トパーズの石言葉「友情」のことです。
―――諸国の王たちが領土合戦に明け暮れる
ヨーロッパ18世紀、3人の女傑同士の
”女の友情”が歴史を動かしました。
プロイセン(現ドイツ)の領土侵略を脅威とする
周辺3国=オーストリア女帝マリア・テレジア、
フランス・ポンパドール夫人(ルイ15世の公妾)
そしてロシア女帝エリザベータの巴形の結束が
それを一時的に阻止したのです。
「3枚のペチコート作戦」と歴史的に呼ばれる
この”3婦人同盟”の隠れた主役が
実にインペリアルトパーズの指輪だったのです。
その指輪を作った主は、当時領土内でインペリアルトパーズを産した、ロシアのエリザベータ帝です。
ロシア語で「友情」という意味の「ドル−ジバの指輪」、とそれは名付けられますが、彼女は不幸にして
その直後急逝します。
結局プロイセンは領土を広げ、尊い女たちの友情は、動乱の歴史の中に飲み込まれて行くのでした。
シリカ(珪酸塩)とアルミナ(アルミニウム)、そこに
水酸基(OH)を含むタイプ、或いは弗素(F)を含む
タイプの2タイプに枝分かれするのがトパーズ宝石
グループ。
その内OHタイプのトパーズに限定して
「インペリアルトパーズ」と呼びます。
コニャックカラーで代表されるOHタイプ・トパーズは、美しさと希少性で明らかに無色〜褐色の
Fタイプ・トパーズに優る事から「インペリアル〜」
や「プレシャストパーズ」としても区別されます。
また近来より、世界の水晶の商人たちが黄水晶
(シトリン)やスモーキークォーツを売りさばく為に
意図的にそれを「トパーズ」或いは
「シトリントパーズ」「スモーキートパーズ」と
”偽称”してきた悪しき伝統に抗議して
トパーズ産地国のブラジルは国を挙げて
宝石名トパーズの頭に「インペリアル」の冠を
被せた、という事情もあります。
皇帝ドン・ペドロ統治下のブラジル、
1883年のことです。
ずんぐりとした結晶が多いFタイプ・トパーズに比べ、OHタイプ・インペリアルトパーズは
すらっと長くシャープな結晶です。
結晶形を活かしたロングストーンのジュエリーが素敵ですが、長い方向に直角の断面で割れ易い
弱点があり、強度を意識した宝飾造形が望まれます。
石の和名を「黄玉」という如く、インペリアルトパーズはコニャック・イエローが標準色と
思われがちですが、この石のベストカラーは、シェリー酒のようなレッディッシュオレンジ
(赤みがかった橙)。イエローは脇役級と云わねばなりません。
そしてその色起源は、コランダム鉱物のルビーと同様、微量に混入したクロム元素です。
赤色蛍光性を併せ持つクロムは、その量の程度により一層鮮やかな光のマジックを私たちに
見せてくれます。
このクロムによるイエロー〜オレンジカラーの演出は、同時にナチュラルの証明でもあります。
(同じくナチュラルのパキスタン産ピンクトパーズについては「トリビア」欄ご参照)。
―――加熱や放射線照射処理がつきもののFタイプ・トパーズと異なり、インペリアルトパーズは
ナチュラルな美しさが十分に楽しめます。
Fタイプ・トパーズの産地は世界広範囲に分布しますが、OHタイプ・トパーズの発見地にして
最大供給地は、他ならぬブラジル・ミナスジェライス州オーロプレート近郊です。
同地での発見は1735年、そして宝石名に「インペリアル」の冠が付いたのは
上述の通り1883年―――古代ローマ時代からあったFタイプ・トパーズと比べると
インペリアルトパーズはぐっと近代の宝石なのです。
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伝説によれば、中東の紅海上に浮かぶ
「トパゾス島」(現ゼベルゲット島)で見つかった石だから
誰かがそれを「トパーズ」と名付けたようですが
後世になって「ペリドット」と訂正されました。
昇った梯子を外されたようなややこしい話ですが
これは、極めて稚拙だった鉱物学が時代と共に
進歩し、”きのうの常識が今日の非常識”となった
一例に過ぎません。
1650年当時、先端を行っていた英国の鉱物学者
ニコルでさえ、トパーズは褐色の宝石の何と
すべてを指していました。
19世紀に入った1801年、「アウイナイト」の命名者で
有名なフランスの結晶学者ルネ・アウイによって
初めて、真正トパーズ、しかもOH、Fの2タイプまで
確定させました。
■コニャックカラー・インペリアルトパーズの聖地ブラジルからかけ離れた、アジア大陸の
辺境の地パキスタンのカトラン渓谷から
見るも鮮やかなピンクのインペリアルトパーズ
が発見されました。
つい近年の1972年のことです。
コニャックイエローから良くてもシェリーオレンジ
どまりと思っていたインペリアルトパーズ・ファン
には、最高のサプライズとなりました。
「ピンクトパーズ」と云えば、イエロー系の
インペリアルトパーズをわざわざ加熱処理
(ピンク着色)したものもあるため、本稿では
真正OHタイプのナチュラル・ピンクのトパーズにも
インペリアルの冠を被せて「インペリアルピンク
トパーズ」と呼ぶことにします。
■インペリアルトパーズのコニャックイエローの輝きには及ばないものの、Fタイプのトパーズにも
黄色い「イエロートパーズ」がしっかり存在します。
見た目オレンジみが強ければ強いほど
OHタイプに近いのですが
最終確認はやはり機材測定で確定します。
すなわち屈折率と比重値比較です。
参考までに、比較値を示します―――
| 屈折率 | 比重 | 結晶形 | |
| OHタイプ | 1.629〜1.637 (Fより高い) | 3.49〜3.53 (Fより低い) | 長くてシャープ |
| Fタイプ | 1.609〜1.617 | 3.53〜3.57 | ずんぐりむっくり |
「世界最大のトパーズ結晶」(重量271kgの原石)
アメリカ自然史博物館(ニューヨーク, 米国)
「アメリカン・ゴールデン」(22,982Ctのカット石)
アメリカ自然史博物館(ニューヨーク, 米国)
「ドイツ・シュネッケンシュタイン産のトパーズ」(長さ180ミリの結晶原石)
フライブルグ山岳博物館(フライブルグ, ドイツ)
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あまり目立たない地味な宝石シトリンは、宝飾の歴史の中では、いぶし銀のようななかなかシブい存在です。
一口に黄水晶のイエローといっても、ゴールデンイエロー、レモンイエロー、レディッシュブラウンの“マディラ”、コニャックイエローの“パルメイラ”等、多彩に持ち味を演じ分ける宝石です。
―――カルティエの有名な「マハラジャのダイヤモンドネックレス」の白の大場面に映える黄色のアクセントを演じたのはレモンイエローのシトリン。
あのティファニーが米国のナチュラルパール(ミシシッピ淡水)のジュエリーシリーズで多用した黄色石が、地元ネヴァダ州産の天然黄水晶。
近年クリスティーズ・オークションでも、マディラカラーの大振りシトリンのイヤリングが、本来の素材価値を遥かに凌ぐ落札値($165,500)を記録しました。
英国ヴィクトリア女王期のヴィクトリアンジュエリーやアールヌーヴォー、アールデコ期の絢爛のジュエリーに於いて、イエロー系の石素材と云えば、それはトパーズを名乗った黄水晶も含めて、大半が他ならぬシトリンでした。
―――むしろそこに、西洋人の感性の奥深さを垣間見る思いです。
クォーツグループの宝石としては本講座初登場。
また大シリカグループとしてはファイアオパール
(第10稿)に続く2番目の登場です。
クォーツすなわち水晶宝石が、全宝石の“指導的基準石”と云われるのは、シンプルで普遍的な組成「二酸化珪素SiO2」(シリカ)を誇り、ジェムとしての標準的な硬さ[モース硬度7]を有するからです。
本来無色透明な筈の純粋水晶が、何らかの条件下でイエローに着色したとき黄水晶シトリンが誕生します。
そのイエローの原因となるのは、
@結晶に微量の鉄イオンが混入してカラーセンター(着色中心)に影響を及ぼす
A地中の自然放射線が作用して結晶格子に歪みをもたらす
B前述のAの状態で加熱される
の3因です。
@Aが実現してナチュラルのシトリンが生れますが、私達が通常目にするシトリンは、同じくAで生れた天然紫水晶(アメシスト)を人為的に加熱して(つまり人為的にBを行って)
得られた黄色い水晶に他なりません。
従って、厳密且つ正確な表現を期すならば、それは“シトリンもどきのアメシスト”と云わねばならなくなります。
天然・非加熱のシトリンが一方で厳然と存在する以上、それはどこまでもシトリンに似せたアメシストなのです。
―――もしどこかであなたが、ナチュラル・シトリンに出逢う幸運があったなら今まで以上に愛してあげて下さい。
一般的なシトリン、つまりアメシストやスモーキークォーツの加熱処理水晶をシトリンと見なせば処女産地はブラジル・バイア州、ミナスジェライス州ですが、あくまで非加熱の天然シトリンに特定するならば、初期的な産地は欧州スペインのヒノヨサ地方で、時代は15世紀と云われます。
同時期のフランス産地説もありますが、それもスモーキークォーツを加熱した黄色の水晶のようでした。
参考までに、加熱を要さないシトリン天然石の新鉱脈が、ごく最近アフリカの中央マダガスカルで発見されました。
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本稿冒頭でも述べたように、世界の宝飾史上シトリンは重要な石素材でした。
諸国の王朝文化を彩った石たちは、確かにエメラルド、ルビー、サファイア、そしてダイヤモンドといったメジャー級の宝石が君臨しますが、一方多くのアンティークジュエリーの書物を紐解けばシトリンを始め、ガーネット、アメシスト、ペリドット、ムーンストーン、アクアマリンといった庶民的なジェムたちが、意外な存在感を発揮しています。
豪華で派手な宝石にはない癒し、安らぎを西洋人は味わい求めたのでしょうか。
■ルネサンス期にさしかかる頃のヨーロッパ諸国は互いの野心をむき出しにして、相変わらず戦争に明け暮れた時代です。戦乱の世に生きた二人の貴婦人と、宝石シトリンに纏わる面白い話があります。
―――ハプスブルグ家出身の神聖ローマ帝国皇帝カール5世は、宿敵フランス国王フランソワ1世の支配下にあった北イタリアの領土を奪取すべく泥沼の深みにはまりつつありました。
平和を願うカール帝の叔母マルガレーテ大公女が考え付いたのは、彼女のフランス王室人質同然の娘時代に、友情を育んだルイーズ公女に手紙を送ることでした。
そのルイーズこそ、その時フランソワ王の実母となっていた人です。
マルガレーテはその手紙の中に、むかし友情のしるしに一緒に作ったシトリンのペンダントを添えたのです。
平和への祈りをこめたシトリンの美しさに触れたフランソワ1世はまもなくカール5世との和平を決意します。
時に1529年、カンブレー講和条約は両者の間で調印されました。
―――因みに、その7年後の1536年、忍び寄るオスマン帝国の地中海侵攻の脅威を共有する両国王は、史上初めて同盟関係を結びます。
■宝石一般を学び理解する上で、水晶が最良の基準石となることは前述しましたが、この水晶を人為的に生成した人工水晶が、工業・産業用物資として最も有用至便な素材の一つであることは周知の通りです。異物を多く含んだり、単結晶ならぬ双晶産出も珍しくない天然水晶と異なり、純粋単結晶且つ完全均質の合成水晶は、極めて正確で安定した振動周波数が得られることから、米国がいち早く人工水晶量産化に注力し、軍用レーダー等での実用化を達成しました。
あの日米戦争の勝敗の分かれ目はまさにそこにあったとさえ云われます。
「ヴィクトリア期のシトリンのパリュール」(ティアラ、イヤリング、ネックレス、指輪のセットジュエリー)
穐葉アンティークジュウリー美術館(栃木・那須高原, 日本)
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かつて地球が一番美しかった頃から、幾千万年の時間をかけてこの地上ではぐくまれた宝石です。
地中奥深く眠っていた鉱物と違って、琥珀は地上の生物すなわち針葉樹の樹脂が化石化して生れ変った唯一の生物起源宝石なのです。
樹脂が化石化するまでの悠久の時間と空間が、石の中いっぱいに閉じ込められている訳ですから何とドラマティックでミステリアスなことでしょう。
石の中のドラマに私たちを導いてくれるのは、例えば、スコッチウィスキーやナポレオンコニャックのあの「琥珀色」。
そのあたたかな色とまろやかな口当たりが、グラスを重ねるごとに私たちを神秘・久遠の太古ロマンにいざないます。
鉱物質でない有機質宝石としては、珊瑚(第8稿)に次ぐ本講座2番目の登場で、しかも植物起源の宝石素材というのは、他に殆ど例がありません。
針葉樹や広葉樹の樹木から滲み出た「樹脂」が固化・化石化したのが琥珀です。
少し詳しく云えば、樹脂中の乳香等の芳香成分や油脂・琥珀酸等の揮発成分が長い間に分解・揮発して先に失われ、分解されざる「炭化水素」成分が不活性化つまり固化したものです。
固化する過程で折り重なる地層の圧力湿度等の二次条件が、琥珀形成に大きな影響を与えますが、そのゾーンの解明はまだ神秘に包まれています。
琥珀は、幾千万年の太古に源を発する宝石と云っても、大半の鉱物はむしろそれより古い億年単位の成長履歴を持ちます。
それでも琥珀が”最古の宝石”と云われる所以は、装身具素材として人類が出会った最初の宝石という事実からと思われます。
先史文明や古代帝国では、他ならぬ琥珀が装身具素材の初陣を飾っていたことが多く、その一例を古代エジプト・ツタンカーメン王の副葬品にも見ることができます。
石の中に閉じ込められた太古の生き物を、時空を超えて眺められるのも琥珀の魅力です。
「虫入り琥珀」の虫とは、ハエ、アブ、蟻、クモ、ムカデ、トカゲといった昆虫・小動物たちですがそれらは珍しさはあっても美的とは云えず、専らストーンコレクターや古生物学者のための必須アイテムとなっています。
生物起源の琥珀は、水(塩水)に浮く唯一の宝石と云われるように、比重値が1.05しかない最も軽い宝石です。
全宝石の比重平均値が3.00位とすれば、同じ重量(カラット数)で3倍もの大きさを楽しめる石です。
装飾用琥珀に限定すれば、北欧バルト海沿岸のロシア、ポーランド、リトアニア、デンマーク等が紀元前16世紀以来の伝統的な産地で、今日なお主要供給地となっています。
いずれも海に面した国々から採れるといっても琥珀は海で育つ有機質宝石ではありません。
寒い北国の針葉樹林の樹脂が時間をかけて化石化し、それが海岸部に堆積し、装飾用に採集されて、地元ヨーロッパから世界に広まったのでしょうか。
また、必ずしも美しく化石化しない琥珀は世界各地から年千トン単位で産出し一部は古生物学等の貴重な研究対象として人類に貢献しています。
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ロシアの女帝エカテリーナ2世の「琥珀の間」を抜きに、琥珀の歴史は語れません。
それは、二つの強国ロシアとドイツの関係史を学ぶことになります。
―――時は18世紀初頭、プロイセン(現ドイツ)王フリードリッヒ・ウィルヘルム2世がロシア王ピョートル大帝との友情の証に、自前の琥珀コレクション10万ピースを贈ることからそれは始まります。
ピョートル大帝の娘エリザベータ女帝が、皇帝の離宮(現エルミタージュ美術館)内に「琥珀の部屋」を作ります。
その後帝位に就いたエカテリーナ2世が、別の離宮(現エカテリーナ宮殿)に「琥珀の間」を設けて(1770年)、それを特別なプライベート空間にしました。
時は移って両国は敵対関係となり、ドイツ第3帝政ヒトラーは1941年、「琥珀の間」を解体しコレクションを略奪します(以後現在まで行方知れず)。
そして今世紀の2003年、ロシア大統領プーチンは、帝政時代の首都サンクトペテルブルグ建都300年を祝って、「琥珀の間」を復元したのです。
新たに琥珀を収集するために、何とドイツのシュレーダー首相も資金協力を惜しまなかったとのことです。
■「琥珀」の呼び名は中国語です。「珀」の字は元々宝石の琥珀Amberを意味しますが、「琥」の字は、実は虎の形をしたヒスイのことです。
玉(ぎょく)と云えば、中国では最高位の宝玉つまりヒスイを指し、それを虎形に研磨し中に穴を開けたもののようです。
また、英語のAmberの由来は2説あり、「薫香(くんこう)」とか「香り」を意味するギリシャ語Ambrosia(アンブロジア)からという説、そして「海に漂うもの」を意味する古代アラビア語Ambar(アンバール)からの説。
―――どちらの説も捨て難く、結局皆様、ご自由に想像を働かせて下さい。
■この日本でも琥珀が採れます。
岩手県久慈産、白亜紀後期(6,500万年前)の琥珀です。
装飾用や香の材料としての久慈琥珀の歴史は古く、縄文、奈良時代から現代に至り特に徳川時代、「ナンブ」と云えば琥珀のことで、同地南部藩の財政を支えていたほどでした。
日本版アンバーロード(琥珀の道)は、この岩手・久慈から関西を通って奈良の都までの全長1500キロ、既に大和朝廷の時代には確立していたのです。
■樹脂が化石化したものであっても、経過年数が180万年以内(第4紀)の炭化水素物質は、琥珀と呼ばず「コパル」と呼びます。最初の発見地コロンビア(南米)の先住民がそう呼んだようです。
余談ですが、すぐ近くのカリブ海産ドミニカの琥珀は、大航海時代のコロンブスがアメリカ大陸発見の帰り道で見つけたそうです。
■マイケル・クライトンの人気小説『ジュラシックパーク』では、虫入り琥珀に眠る1匹の”太古の蚊”から、大ドラマが始まります。
恐竜が棲む時代、ある恐竜の生き血を吸った1匹の蚊が琥珀の中に閉じ込められ、現代人はその蚊が吸った血のDNAから、クローン恐竜を作ろうというものです。
ただの娯楽小説の域を超えて、人類の理念・倫理観、歴史観を考えさせられる作品です。
・バルト海産の琥珀コレクション(4.5Kgの原石、5万種の虫入り琥珀)
カリーニングラード琥珀博物館(カリーニングラード、ロシア)
・久慈産の琥珀コレクション
久慈琥珀博物館(久慈市、岩手県)
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花の名前がそのまま宝石名になった珍しい宝石ジルコン。
和名の「風信子石」は「ヒヤシンス石」と読み、外国でも宝石「ヒヤシンスHyacinth」と云えば最終的にジルコンのことです。
色の多彩さを誇るヒヤシンスの花のように、ジルコンも負けずに七色の輝きを演じてくれます。
これがヒヤシンスの色、という花としてのキーカラーがないように宝石ヒヤシンス=ジルコンにも特に決め手の色はありません。
かつてオスマントルコ帝国が、15世紀の地中海・ヨーロッパ世界に初めてヒヤシンスの花をもたらした時、その花は美しい黄色と青色だったようです。
その後品種改良が繰り返されて、今日ではあらゆる色のヒヤシンスが楽しめるように宝石ジルコンも加工法の進展により様々な色が競い合います。
中でも、イエローとブルーのジルコンが一際美しいのは、原風景の花の色の気憶からでしょうか。
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ジルコニウムの珪酸塩鉱物という判り易い化学組成ですが、一癖も二癖もある奥の深い宝石です。
ジルコンと云えばダイヤモンドの影武者と無色透明石を連想しがちですが、どっこい立派なカラーストーンなのです。
褐色、黄色、オレンジ、赤色、赤褐色、緑色、そして青色、白色、無色・・・・
これだけ豊かな色を誇りますが、惜しいかな殆どが褐色がかって色がくすみ、鮮やかなジルコン透明石は頗る稀少と云わねばなりません。
色の透明性を確保するため、褐色みの強いジルコンには基本的に加熱処理が施されます。
理論上無色透明の純粋ジルコンも、現実の無色ジルコンはほぼすべて加熱処理石。
また人気の「青色」は加熱によって出現した色であって、皮肉にもナチュラルジルコンの色には存在しないのです。
そして各色の色起源は、簡単に特定できるものでもないようです。
ジルコンという宝石は、ごく微量の放射性元素(ウラニウム、トリウム等)を含むため、その放射線の影響下で結晶格子に歪み、欠陥等の異変を生じ、そこに光が作用して各色の原因になると考えられています。
更には、技術的に加熱法を使い分けることにより、褐色系からゴールデン系(酸化状態)に或いはブルー系(還元状態)に変るように、色が演出さていることも事実です。
その放射線の量は幸いにも人体に有害な量ではありませんが、それでも地質学的な時間経過(つまり何万年単位?)で結晶格子そのものを徐々に”自己破壊”し遠い先の最終段階では原子配列の不規則な「非晶質」物質と相成ります(これを「メタミクト」現象と云います)。
その破壊の度合の早い順に「ロータイプ」〜「ハイタイプ」と分類されますが、破壊のより早いロータイプ石は比重値・屈折率共にハイタイプ石より低く何より硬さに劣り、エッジが擦れ易く脆いのはいただけません(硬度:ハイタイプ7.5、ロ-タイプ6.5)。
多彩なジルコンの色選びは、以上のような理屈から、まず透明でハイタイプのイエロージルコンが一押し、次にレッドジルコン(ハイタイプ)、加熱石と知った上ならブルージルコン(ハイタイプ)、またどうしても緑が好きという人は、ロータイプ・加熱石と知った上でグリーンジルコンなどいかがでしょうか。
宝石「ヒヤシンス」にまつわる逸話は古来より少なくないのですが、その中で明確に「ジルコン」を指している例証や確証が極めて乏しいため、ジルコンの発見地・採掘発祥地、年代などはどうにも特定できません。
そこで近代から現代までの商業的採掘地を列挙します。
―――タイ、スリランカ、カンボジア、ミャンマー、パキスタン等々
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ジルコンが歴史の舞台に登場するのは、19世紀英国ヴィクトリア女王期です。
産業革命により宝飾品が市民の購買対象となり、ダイヤモンドの代用品として高屈折率を誇るホワイトジルコンが注目されます。
ここで見落とせないのは、1800年代、既にジルコンは加熱処理されていたこと。
無色透明ジルコンは、昔も今も実は加熱処理されていたのです。
第一、「ジルコン」の石名由来にもなっている「金色の石」こと”ゴールデンジルコン”なるものもナチュラルでは存在せず、加熱処理の”賜物”に他なりません。
そして同じくナチュラルでは存在しない、今一番人気の「ブルージルコン」に至ってはレアジェムの頂点「ファンシーブルーダイヤモンド」の代用品として”スターライト”の商業名の下に大注目を集めました(命名者は米ティファニー社顧問のクンツ博士)
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■花の名「ヒヤシンス」はギリシャ神話から発しています。
太陽の神アポロンは紅顔の美少年ヒヤキントスを溺愛しますが、それに嫉妬した風の神ゼピュロスがある悪意を企みます。
当時の高貴なスポーツ 円盤投げゲームに興ずるアポロンと少年の頭上に持ち前の強い西風を吹かしアポロンが投げた円盤がヒヤキントスの額を直撃してしまいます。
絶命した少年の血は大地に流れ草に染み込み、そして咲かせた花がヒヤシンスだったのです。
15世紀地中海地方原産のユリ科植物なのに何故ギリシャ神話に? と訊かれても困りますがそれはさておき、その時の花の色はどんな色だったのでしょうか?
土や草を血の赤で染めても、咲いた花まで赤だったとは考えにくいと思いますが・・・・
■宝石名「ヒヤシンス」がイコール「ジルコン」と定まる19世紀末頃まで他に「ヒヤシンス」を名乗る宝石は実に多様でした。
―――まずヘソナイトガーネット、オレンジサファイア、そしてOHタイプ・トパーズ
更に赤褐色系の石英等々。
レディッシュオレンジの色みを共有するこれらの石たちは、その後宝石学の進展に伴い然るべき正しい呼称に収まります。
結局早くからヒヤシンスを名乗った「ジルコン」が最後まで残り、ようやく「ヒヤシンス」の名を一人占めできるようになりました。
■珪酸塩鉱物ジルコンから珪素(Si)を取り去ったのが、ジルコンとは似て非なるあの「ジルコニア」(ZrO2)、商業名キュービックジルコニア。
かつてのダイヤモンドの代用品ホワイトジルコンに取って代った生粋の人工宝石です。
本家ジルコンと違いコワ〜い放射性特性もなく、今や通販テレショップの”隠れ”女王アイテムです。
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